北岡 こうした一連の動きは、中東の地域大国間関係に何をもたらしたのですか。
池内 域内関係におけるトルコのプレゼンスの高まりです。イスラエルの攻撃により影響力を弱めたイランの勢力の真空を埋めたのがトルコでした。
長期的な視点で言えば、イランが地域で影響力を強めるのに続いて、トルコが台頭するであろうと見られていましたし、それを深いところでイスラエルは警戒していたのですが、しかし、イスラエルによる対イランの攻撃が、それを急激に早めてしまったわけです。
2020年8月にイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)間で締結された「アブラハム合意」とは、イスラエルと湾岸諸国が連合すれば、トルコやイランとの三極でバランスが取れるというモデルです。
ところが、やはりパレスチナ問題を解決しない限りは、湾岸・イスラエル同盟が成立しないということが明らかになりました。そうすると、この三極構造自体が結局は成り立たず、従来型の大国であるトルコの影響力が段々と大きくなり、それに対抗するイランも状況によって拡大したり、縮小したりを繰り返すという構図は変わりません。
つまり湾岸産油国がイスラエルと連合することでトルコ・イランと均衡するという安定には、近い将来に到達しないことが明らかになったということです。
北岡 中東の地域大国間関係や秩序において、当然ながら、依然としてパレスチナ問題は大きいのですね。
池内 2020年8月のアブラハム合意に顕著なように、パレスチナ問題が忘れられるプロセスが過去20年以上をかけて、続いてきました。
そもそも1973年の第四次中東戦争以後、現在に至るまで、アラブ諸国に限らず、イランやトルコを含めた中東の主権国家がパレスチナ問題をめぐってイスラエルと戦争をしたことはありません。
中東諸国は意思においても能力においても、もうパレスチナをめぐって国家間戦争はできないし、やる気もありません。そうなると、中東諸国の軍事力を背景にした外交交渉でパレスチナ問題を解決することは将来的にも想定しにくい道のりと考えるのが普通です。
しかし一方でイスラエルが受け入れるかどうかは別にして、道義的、あるいは国際法上の責任や権利がパレスチナ問題には存在します。イスラエルについては米国や西欧諸国と関係が深いからそれを無視して良いとなると、国際秩序にとって非常に大きな問題になります。
そのためパレスチナ問題の解決のための「和平プロセス」はずっと存在していると外交の世界で唱えられてきたわけです。言わばフィクションですが、国際秩序を守るために維持されてきたものです。
そのフィクションに対して、現実の力関係の中でイスラエルが弛まず挑戦し続けて、ほとんど各国がこれを放棄しそうなところまできていた。そこにハマスが起死回生の攻撃を行ったのが「10.7」であり、それに対するイスラエルの攻撃によって、一気にパレスチナ問題が戻ってきたということになります。
ただし、どこも国家主体としてイスラエルに正面から戦争を挑むことはできませんし、する意思もない。しかし、国際秩序の観点からは、この問題を無視することもできない。これまではアメリカが音頭をとって解決への道のりを示してきましたが、今はそうではありません。
しかしアメリカが解決をしてみせる姿勢を見せなくなったからといってパレスチナ人は消滅せず、パレスチナ問題は残り続けます。そこで対処の中心になるのは、イラン、トルコ、イスラエルといった地域大国であり、エジプトやヨルダンといった直接境界を接した国です。その構図が定まってきたように思います。