アステイオン

ウクライナ

非英雄的な平和と英雄的な抵抗

2022年06月30日(木)07時57分
田所昌幸(国際大学特任教授、慶應義塾大学名誉教授)

キーウにてウクライナ兵の葬儀(6月18日) Valentyn Ogirenko-REUTERS


<この戦争の帰結として確実に言えることは、砲火にさらされながらともに抵抗した体験によって、ウクライナ人が民族として生き残るということ。論壇誌『アステイオン』96号より転載>


ロシアのウクライナ侵攻は、これを書いている時点で3週間を超えた。事態の行方は不確実だが、現時点でも確実に言えそうなことはある。

まずこれはロシアにとって戦略的失敗だ。2014年にロシアがクリミアを占領した際には、ウクライナ側から抵抗らしい抵抗もうけることなく早々に領土的現状を変更してしまった。東部ドンバスでは戦闘が続いてきたが、ここでもウクライナから一部領土の実効的支配を奪った。

欧米諸国はロシアに強く反発し様々な制裁を科したが、いったん軍事力で確立した既成事実ができてしまうと、これを穏便に元に戻すのはとりわけロシアのような国との間ではまず不可能である。このことは日本人も北方領土で経験済みである。

しかし2月24日に始まった今回の軍事侵攻は、その前兆は広く知られていたし、主要国の首脳が直々に外交努力を行ない、抑止の試みがなされたにも拘わらずロシアは、戦車で他国の領土に侵入するという、時代錯誤的ともいうべき侵攻を実行した。しかし3週間たって得た戦果は、ウクライナのごく一部を占領しただけである。

一方その代償は大きい。トランプ政権下で弱体化していたNATOや、イギリスの離脱などで結束が弱まっていたEUは、これを機会に一挙にロシアに対抗することで結束してしまった。

宥和的だったドイツですらガスパイプラインの稼働見送りを決め、国防予算の大幅増額を決定したのは、戦後ドイツのあり方を変える歴史的転換かもしれない。

今後のウクライナの戦局がどのようになっても、こういった流れが逆転することはないだろう。経済制裁の効果は不透明で、制裁を発動した欧米や日本にとってもエネルギー価格の高騰などの形で今後負担が実感されるだろうが、日本の3分の1程度の規模でしかないロシア経済に大きな打撃にならないはずはない。

蜜月の関係を続けてきた中国が今後どこまでロシアを支え続けるのかが注目されるが、ロシアの中国依存が一層大きくなることは避けられまい。

それでも、プーチンが軍事侵攻を選んだ理由の1つに、ウクライナの抵抗を過小評価したことがあるのだろう。ロシアによる侵攻の危険が高まりつつあったとき私が思い出したのは、1980年代初めのポーランドの姿だった。

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