「存在論的な安全保障」の喪失
以上見てきた3つの規範と特質が失われた原因ははっきりしない。だが私は「存在論的な安全保障」の喪失──安定した社会環境で安定した自己意識を持てる状況ではなくなったことが主な要因とみている。経済的な不安、人口構成の変化、労働者階級に属する白人男性の社会的な地位の低下。
これらが不公平感や排外主義、人種差別をあおり、スケープゴートを探して悪魔的な存在に仕立て、血祭りに上げるような風潮を生みだした。フロイト派の精神分析の言葉を借りれば、アメリカの「超自我」は壊れ、「イド」(本能的な衝動の源泉)がむき出しになったのだ。
アメリカがかつて持っていた最良のものを取り戻すには、どんな取り組みが必要なのか。このテーマで本が何冊も書けるだろうが、ここでは3つのポイントを挙げておきたい。
1つ目は公共の情報空間を巧みに切り抜けていく方法を見つけること。インターネットが生まれる以前、人々は少数の伝統的なメディアなど比較的限られた情報源を頼りに物事を考えていた。これらの情報源は少なくとも情報の質を精査していたし、報道のプロとしての自負もあった。
人々は新聞やテレビ・ラジオ、本や雑誌から情報や分析を引き出していた。これらの媒体が信頼されたのは、まさに「礼儀と品位」、「専門知への敬意」、「世界への開放性」を示し、醸成していたからである。
今の情報環境は「サイロ化」(各情報源とその受け手が閉鎖的に孤立し、社会全体で情報が共有されない状態)が進む一方、情報量そのものは過剰なほど多い。この状況は今後さらに悪化するだろう。生成AIが知的怠惰を促し、批判的な思考を妨げ、誤情報を伝え、偽情報を捏造するためだ。