<第一次大戦により、オーストリア帝国は国家解体に至ったが、その指導者達は国が解体するとは夢にも思っていなかったはずだ。100年が過ぎた今、ナショナリズムに突き動かされたイギリスがEU離脱を決めたが、その指導者達もまた、意図せぬかたちでイギリスを解体させようとしている>(写真は、第一次大戦時のハプスブルク帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世夫妻を描いた絵画、ウィーンのオークション会場にて)
今からちょうど100年前のこと。1916年に、68年間皇帝に君臨してきたハプスブルク帝国のフランツ・ヨーゼフ1世が死去しました。これは第一次世界戦中のこと。
第一次世界大戦は、ご承知の通り、サラエボ事件を契機としたオーストリアのセルビアへの最後通牒から始まります。ハプスブルク家は、ヨーロッパでも名高い名門の王室。長年、神聖ローマ帝国の皇帝に就き、神聖ローマ帝国終焉の後は、ハプスブルク帝国の皇帝としてヨーロッパの大国を統治してきました。そのオーストリアは、経済的な衰退と、軍事的な地位の低下、そして多民族が同居する国内問題に揺れ動き、あえて強硬な姿勢を示すことで大国としての地位を維持して、また国内の結束を固めようとしました。その帰結として、セルビアに対する宣戦布告、そして交戦状態に入り、戦争が始まります。まさかこのときに、オーストリアの指導者達は、これが契機となってオーストリアの大国としての地位が失われ、その国家が解体するとも夢にも思っていなかったでしょう。
帝国解体のきっかけは、よく知られたとおり、独立を求めたチェコスロバキアのナショナリズムの動きです。内側から大国オーストリアは崩壊したのです。1918年、カール一世は退位して国外に亡命し、ここに680年間ヨーロッパに君臨したハプスブルク家が統治を終え、オーストリアは帝国として解体します。そして、その末には、解体した中でドイツ語を話す人びとが住む小国のオーストリアが誕生します。
その100年後、ナショナリズムに突き動かされたイギリスは、2016年に国民投票でEU離脱という強硬策をとってEUと敵対し、過去の栄光を夢見て大国としての地位の回復を目指しました。そして、それに怒りを感じたスコットランドは、独立へ向けた準備を進めています。内側からスコットランドは独立に動き、北アイルランドのカトリック勢力はEU残留を目指してアイルランドとの国家統一へ動き、イングランドは孤立への道へ進んでいます。戦争がないという違いはありますが、かつての大国であったハプスブルク帝国が解体して、文化や民族の異なるチェコスロバキアが独立をして、否応なく小国のオーストリアが誕生したように、かつての大国の連合王国が解体して、文化や民族の異なるスコットランドが独立へ向かい、小国のイングランドが誕生しようとしています。かつてのオーストリアよりは、イングランドの方が大きな国力を持っておりますが、それもまたロンドンの金融に依存したイギリス経済は、多くの銀行が本社をEU圏内のアイルランドや大陸へと動かすとすれば、否応なく衰退へ向かいます。