■結局高卒と同様の仕事に

 名門大学にはそれでも優秀な頭脳が集まったが、三流大学は従来の2倍、3倍、4倍の学生を取るようになった。大教室に学生が押し込まれ、教員と1対1のコミュニケーションは減る一方。大学の学位の価値自体が低下し続けている。

 膨大な人数の、明らかに平均的な若者たちが、すぐにでも収入と職歴が手に入る就職という道へは進まずに、あと3年間たいしたリターンも望めない学生生活を送ることを奨励される。言うまでもなく、大卒者を5倍にしたところで大卒向けの仕事が5倍に増えるわけではない(不景気ならなおさらだ)。

 多くの大卒者は21歳でキャリアをスタートすることになる。多額の借金を背負った彼らが就く仕事は、これまでなら借金を抱えていない18歳の高卒者が就いていたのと同じような職種だ。

 大学はノルマとなり、通過儀礼の1つになった。多くの若者は「行くものだから」大学に行く。大学に進学しないことは、教育を十分に受けていないに等しい。

 友人たちも行くことだし、大学生活を楽しめるから、という理由で若者たちは進学する。借金は1つの懸念材料だけど、簡単に理解できる問題でもない。結局、大学に進学する全員が、皆と同じ道で安心感を得るために借金を選ぶ。それは大学に行くための「必要経費」なのだ。

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 彼らは良い仕事について、借金分の元を取ろうと望んでいる。政府は大卒者の生涯賃金は高いから、大学教育は価値があると彼らを安心させている。

 問題は、専門学科や名門大学の卒業生によって、その生涯賃金が大幅に押し上げられていることだ。医学部や理工系学部の卒業生はすぐに専門職に就き、長期にわたってもうかる仕事に従事する。金融業界は名門大学の学生を採用し、それ以外の大学でもトップクラスの学生はまともな職に就く。でも本当のところ、彼ら優秀な学生は、大学進学率が大幅に拡大する前の時代に、大学に通えていたのと同じタイプの人々だ。

「ボーンマス大学社会学部」や「ポーツマス大学メディア学部」の卒業生が、何万ポンドもの借金の元を取れるほど高給の仕事に就くのは、かなり望み薄だろう。