「全てが悪い夢のようだ」

この日15時58分に更新された地図には、バフムートの北西方面にあるロシア軍占領地に2キロほどのくぼみができていた。その後くぼみは2キロ、さらに1キロと広がり、解放地として色付けされた。

そして、ウクライナ軍によるバフムートの「逆包囲」と伝えられるようになった頃、大規模攻撃のXデー6月8日を迎えた。

だがザポリッジャやドネツク州中部での成果が発表されるなか、バフムート周辺の反転攻勢は数週間、止まっているように見えた。ウクライナの政権幹部が主張してきたとおり、バフムートはロシア軍を引き付け消耗させる役目を担う地で、結果として捨て石にされてしまったのかもしれない。

230801p26_BFT_11.jpg
バフムートで戦死したダニールの妹アンナと赤ん坊のキラ、夫ローマン、長女、長男 Courtesy Roman

バフムートで命を落としたダニールの妹アンナは、6月に次女を出産した。付けた名前はキラ。響きが美しいから、と話してくれた。大規模攻撃が始まって2週間、兄のことをどう思うか尋ねた。

「兄の死は私たち家族にとってつらい話題なので、あまり話しません」

キラを抱きながらこう語ったアンナ。しばらくすると、目に涙があふれてきた。アンナの親友で、マリウポリ出身のサッシャ・アリフレンコ(23)が、バフムートへ赴いたダニールと家族の思いについて伝えてくれた。

「ダニールはとても強い愛国者で、『役に立ちたい。英雄でありたい』と願っていた。しかしアンナは彼が戦いに行ったことに腹を立て、彼を止めることができなかった自分を責めたのです。ダニールの父も、息子の代わりになって死ぬことを望んだ。

ウクライナでは多くの人が戦地に赴くけれど、彼らを愛する人たちは非常に心配していて、ほとんどの場合入隊を望んでいない。全てが悪い夢のようだ」

230801p26_BFT_09.jpg
アンナの親友サッシャ(写真奥) PHOTOGRAPH BY TAKASHI OZAKI
【関連記事】
ニューズウィーク日本版 世界宗教入門
2026年5月5日/12日号(4月28日発売)は「世界宗教入門」特集。

イラン戦争の背景にある三大一神教を基礎から読み解く[PLUS]宗教学者・加藤喜之教授の「福音派」超解説

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら
※画像をクリックするとアマゾンに飛びます