イラクから帰国しました。前回のコラムで、イラクの猛暑と停電について取り上げました。日本に戻ってみれば、日本の暑さは、なんと肌にやさしいことか。湿度が高く、蒸し暑いとはいえ、砂漠から吹きつける強烈な熱風に比べれば、なんの、なんの、穏やかなものです。気候・風土が人々の気質に大きな影響を与えることを論じた和辻哲郎を思い出します。

 さて、海外では大きなニュースとして扱われながら、日本国内ではほとんどニュースにならない。こんなことが、よくあります。マードック帝国が危機に立っているニュースも、そのひとつでしょう。

 メディア王ルパート・マードックが統治するニューズ・コーポレーション傘下のイギリスの大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」が、取材にあたって盗聴を繰り返していたことが判明し、「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」は、7月7日、廃刊を発表しました。

 この新聞は、誘拐殺人事件の被害者の少女の携帯電話の伝言まで盗聴していました。

 さらに、情報提供を求めて警察官を買収していたこともわかり、ロンドン警視庁の警視総監が辞任に追い込まれました。

 こうなると、勢いづくのは、ニューズ・コーポレーションのライバル企業です。「ニューズウィーク」も例外ではありません。本誌日本版8月3日号は、「マードック帝国、ついにメルトダウン!」の特集記事を掲載しています。

 なにせニューズ・コーポレーションは、世界の主要なメディアを次々に手中に収めてきたのですから、ライバル企業は戦々恐々としていました。やっと反撃のチャンス到来です。

 ニューズ・コーポレーションは、イギリスの大衆紙「サン」ばかりでなく、かつてはイギリスの良心を代表する新聞といわれた「タイムズ」も買収し、派手な見出しが躍る新聞に変えてしまいました。

 アメリカでは、「ウォールストリート・ジャーナル」も買収。紙面をカラー化し、経済専門紙だったものを、ニューヨークの街の話題を報じる大衆的な新聞へと改造中です。ニューヨークの街の話題を報じられては、「ニューヨーク・タイムズ」はライバルになってしまいますから、危機感を募らせます。

 ルパート・マードックはメディアを大衆化すると共に、徹底した保守化を進めてきました。アメリカのテレビ界では、中立・公正な報道を心がけてきたCNNに対抗して、保守派のFOXニュースを運営。共和党系のコメンテーターを何人も使って、民主党のオバマ政権を徹底して叩いています。

 特定の企業メディアが強大化し、世論を形成していくのは、恐ろしいことです。マードック帝国のスキャンダルに色めきたった他のメディアの批判キャンペーンは、そこに商売の臭いを感じるにせよ、多様な言論の大切さを教えてくれます。

 でも、本誌の特集記事の中で、ロンドンの人権派弁護士ジェフリー・ロバートソンは、次のように書きます。

「(現在はイギリスの議会がマードックとその息子を追及しているが)議会はこれから3カ月の夏休みに入る。10月半ばに再開する頃には、もうマードック親子に対する国民の怒りも消えていることだろう。賄賂や盗聴があったにせよ、イギリス人の多くはマードックの新聞が提供するゴシップ記事を楽しんでいたのだから」

 この自虐的なコメント。いかにもイギリス的ですが、単なるマードック叩きの原稿を掲載するのではない「ニューズウィーク」も、なかなかです。