<最近『SATC』や『ザ・ソプラノズ』などリブート版が続いているが、冴えないのはオリジナルの本質を尊重しないから>

ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ(SATC)』の再放送がTBS/ターナー・ブロードキャスティングで始まったのは2003年。過激な場面に手を加えたTBSの修正版は、1998年に登場したHBOのオリジナルとは似て非なるものだった。

汚い言葉やセックスシーンをカットすれば、サマンサの出番はないに等しい。口の悪いお色気担当のサマンサを好きな視聴者ばかりではないだろう。だが彼女を亡霊のように扱う修正版は、根本的に何かが違った。

HBO Maxで昨年12月に配信が始まった続編『And Just Like That.../セックス・アンド・ザ・シティ新章』を見て思い出したのが、この修正版だ。

キャリー、ミランダ、シャーロットと共にヒロイン4人組の一翼を担ったサマンサが消えただけではない。1話30分だったエピソードが『新章』では無意味に45分に拡大され、キャリーのナレーションはほとんどなくなった。

オリジナルの持ち味をあえて払拭したような仕上がりで、これではもはや『SATC』とは思えない。

人気ドラマのリブートを成功させることは、果たして可能なのだろうか。

HBOが90年代末に制作した名作の復活を試み、図らずもゾンビに変えてしまったのは、この1年でこれが2度目だ。昨年秋には親会社のワーナー・ブラザースが、『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』の前日譚となる映画を公開した。だが、これにも決定的な何かが欠けていた。

コンセプトには期待が持てた。クリエーターのデービッド・チェースは60年代にニュージャージー州ニューアークで起きた人種暴動を映画で掘り下げたいと、抱負を語っていたのだ。

元の登場人物やネタに依存しすぎ

だが、ふたを開けてみれば映画『ソプラノズ ニューアークに舞い降りたマフィアたち』は、ドラマの世界をそっくり再利用していた。

故ジェームズ・ガンドルフィーニが扮して強烈な印象を残した主人公トニーの青春時代を、息子のマイケル・ガンドルフィーニが演じた。おなじみのマフィアの面々も、若返った姿で脇を固めた。

『マフィアたち』はオリジナルに近づきすぎて、むしろその魔法から遠く離れてしまった感がある。製作・共同脚本のチェースにもアラン・テイラー監督にも、物語の軸である人種暴動に踏み込もうとする気概は見えない。元の登場人物やネタに依存しすぎたのもいただけない。

『SATC』も『ザ・ソプラノズ』も、リブート版はオリジナルの本質を引き継ぐより、そこから利益を吸い上げることに関心があるようだ。

過去の栄光に頼る過ち
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