またヨーロッパにナショナリズムが蔓延しているのは事実だが、各国のナショナリストが一定の考え方を共有しているわけではない。だからEUを動かすテクノクラートの真の脅威にはならない。

しかもEUの頂点には剛腕のアンゲラ・メルケル独首相がいる。新型コロナ危機を受けての総額約2兆ユーロの経済復興計画や新たなEU予算はヨーロッパにおける豊かな国から貧しい国への富の再分配に等しいが、これが成立したのはメルケルのおかげだ。ヨーロッパの貧しい国々にはEUへの反感や疑念が今もくすぶっているが、少なくとも短期的には、これで抑えられるのではないか。

Gゼロ化の流れは強まり、地政学的な後退はますます深刻化しつつある。こんな状況で新型コロナウイルスのような危機が起きてしまったのは残念だが、だからと言って何もかもが壊れてしまうと、急に考え始めるのはおかしい。実際、そういう話ではないのだから。

物は考えようで、これは好ましい危機だとも言える。よほどの必要に迫られない限り、人は物事を修正しないからだ。幸せだった結婚生活が崩壊に向かっていても、何かの突発的な事態が起きない限り人は離婚に踏み切らず、惰性で現状を維持したがるものだ。

もしかしたら今回の危機でも小さ過ぎて、社会契約の在り方を変えるような構造的決断を政府に強いることはできないかもしれない。私はむしろ、それを恐れている。

(中編に続く)

<2020年9月8日号「イアン・ブレマーが説く アフターコロナの世界」特集より>

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9月8日号は「イアン・ブレマーが説く アフターコロナの世界」特集。「Gゼロ」の世界を予見した国際政治学者が読み解く米中・経済・テクノロジー・日本の行方。
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主導国なき世界は経済の非効率を招き、各地で深刻な対立を引き起こす──。今から約10年前、国際社会でリーダーシップを担う国が不在となる「Gゼロ」の世界に警鐘を鳴らした国際政治学者イアン・ブレマーの予見は今、次々と現実になっている。

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