これまで研究されてきた男性用避妊法の多くは、精子そのものの産生を抑えるアプローチだった。ヒトの精子形成には約2カ月半かかるため、効果が現れるまでにも、元に戻るまでにも時間がかかる。
これに対し、sAC阻害剤はすでに存在する精子へダイレクトに作用する。短時間で効果が現れ、作用時間が限定的で、可逆性が極めて高い点が決定的な違いだ。
動物実験では、これまでのところ副作用は確認されていない。高用量を長期間投与した場合にも異常は見られなかったという。もっとも、ヒトに対して同等の安全性が保たれるかは、これからの検証課題だ。
米エモリー大学の生物学教授、スティーブン・W・ラーノーは、sACが精巣だけでなく眼など他の組織にも存在することを挙げ、「男性用避妊薬には極めて厳格な安全性が求められる」と慎重な見方を示す。
研究チームは、動物を対象とした詳細な安全性試験を経て、2年以内に男性を対象とする第1相臨床試験を開始したい考えだ。顕微鏡下で薬剤投与後の精子の運動能力を確認したのち、最終的にはカップルを対象とした実効性の検証へ進む計画を立てている。
ただし、一般への普及にはまだ時間を要する。レヴィンによれば、カップルを対象とした臨床試験だけでも数年はかかる見通しだ。
また、女性の生殖器内へ入った後も薬効が持続するかどうかも焦点となる。ラーノーが指摘するように、女性の体内で精子が運動能力を取り戻してしまえば、受精に至る可能性があるからだ。
チャンも、過度な期待には釘を刺す。最初に行われる臨床試験は少人数を対象とした安全性試験にすぎず、男性用避妊薬の開発では過去にも「5年以内に実現」と謳われながら開発が頓挫した前例が繰り返されてきたためだ。