古代の資料には高層建築の記述があったが
今回の研究以前にも、アラブの歴史家が引用した古代の史料には最大20階建ての建物についての記述があり、南アラビアの岩刻画や壁画にも、そのような多層建築が描かれていた。しかし、こうした記述を裏付ける工学的な分析はこれまで行われていなかった。
タナージは、今回の結果について、考古学者が以前から高度なものだと認識していた建築システムを「定量的に評価した」点で「非常に重要」であると述べた。
今回の研究によると、この壁の構造は少なくとも19層分の荷重を安全に支えることができたという。BTUは「これは、イェハの宮殿が超高層建築と呼べるほどの規模に達していた可能性が十分にあることを意味する」と述べている。
ただしコナドゥは、「19層分の荷重を支えられる壁と、実際に19階建てだった建物とは同じではない」と指摘。この19という数字も、建物そのものの物理的な高さではなく、支えられる階層数を示すものだと説明した。
タナージも、この19層という数字は工学モデルで用いられた構造上の荷重係数を指すものであり、「壁が壊れるまでに理論上どれだけ追加の荷重に耐えられるかを示したもので、建物の高さが19階だったという意味ではない」とした。
タナージとコナドゥはいずれも、グラト・ベアル・ギブリ宮殿を現代的な意味で「超高層建築」と呼ぶことには慎重であるべきだとした。一方で、今回の研究が、古代世界の大規模建築がどこまで高度だったのかという従来の見方を問い直すものである点では意見が一致している。