劇場史の学術的地位を高められると信じた須田の野心は、読者の目に逞しく映る。しかし今、建築史学における劇場史研究は、須田が望んだほど発展していない。近代劇場史研究はわずかばかりあるが、どうしても西洋の摂取に主題が偏る。須田が見出した「日本的」な「自主性または純粋性」を、劇場の歴史にみることは難しくなった。

ところで、本書では割愛されたらしい須田の遺稿には、当時の劇場を扱ったものがある。1936年に早稲田大学新聞に発表された「東宝の劇場史的考察」がそれで、確認できていないが東京宝塚劇場について述べているらしい。

同劇場は銀橋という独自の舞台機構を発明したから、須田は宝塚劇場を新たな「日本的」系統樹に位置付けようとしたのだろうか。

須田が描くはずだった近代劇場の歴史像は、今となっては知る術もない。もし須田が戦禍を乗り越え続編を著していたなら、と夢想するたび、後進の研究者は劇場の歴史から次に何を見出せるか、未だ重責が残されていると思えてならない。

 

辻 槙一郎(Shinichiro Tsuji)
京都府立大学大学院生命環境科学研究科准教授。専門は近代建築史、近代劇場史。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了、博士(学術)。同大学美術学部建築科教育研究助手を経て現職。著書に『能楽堂の誕生 −「日本的近代化」を遂げた劇場空間−』(中央公論美術出版、2025年)。同書で日本演劇学会第58回河竹賞奨励賞受賞。「近代東京・大阪の劇場建築における劇場計画の変容過程に関する研究」にて、サントリー文化財団2019年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。

 
日本劇場史の研究

『日本劇場史の研究』

 須田敦夫[著]

 相模書房[刊]

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