<世界で次々と翻訳されている、思想家としての柄谷行人について> 

いつまでも終わらない戦争、貧富格差の拡大、環境破壊などをめぐって、いつの時代でも社会運動はつねに活発だが、近年ますます活動的になっているようだ。

言論について言えば、ソーシャルメディアが発達し、さまざまな人々が以前よりも積極的に発言しやすくなっているが、それでも社会に向けて積極的に発信している知識人はいる。その発言にある程度の影響力を持つ、哲学者や歴史学者、ないしは人類学者や経済学者、あるいは在野で研究調査するジャーナリストがいまだに存在している。

しかし、左翼運動にしても、その対極の右派ポピュリズムにしても、小説や文学作品が議論になること、あるいは文学が運動や思想の表現として動員されることはまずない。(ジェンダーや人種をめぐって文化が問題になる時を除いて)小説家や詩人、評論家がそのような社会運動に積極的に関与したり、その表現でインパクトをも与えたりすることもあまりない。(※)

かつて文学は社会において中心的な役割を担っていた。古くはディケンズの小説における都市の貧困描写が福祉政策をもたらし、『アンクル・トムの小屋』が奴隷制廃止を促し、『闇の奥』は植民地支配の「闇」をまさしく明るみに出した。

20世紀においても、60年代末の学生運動ではサルトルやカミュがよく読まれていたし、日本でも全共闘の学生たちが大江健三郎を読んでいた。当時を知る人によれば、彼らはある種の「倫理的な義務感」から小説を読んでいたという。

このような社会的な意義はもはや文学には期待されていない。現在ではたんなる娯楽、そうでなければ教科書や大学で学ぶべき権威へと成り変わっている。

これが柄谷行人の指摘する「近代文学の終わり」である。2003年に発表されたこの論考で、柄谷はサルトルの言葉を引いている。「文学とは一言で言えば、永久革命の中にある社会の主観性、主体性である」。

別の言い方をすれば、かつては文学について語ることは社会全体について語ること、社会全体に対して変化を呼びかけることでもあった。それが現在では社会のなかの狭い範囲に限定されたものになってしまったのである。

ただし、柄谷にとっては、これは単なる客観的な事実の指摘であって、それを嘆いたり、あるいは文学の復活を呼びかけたりしているのではない。むしろ柄谷の関心は、文学にそのような特別な意味、特別な価値があった、そのような社会状況が成立した歴史的経緯を考えることにある。それが柄谷行人による論考「近代文学の終わり」の趣旨である(その意味では、『日本近代文学の起源』の続編にもなっている)。

詳しくはインスクリプト版(『近代文学の終わり』)、またはちくま学芸文庫版(『思想的地震』)を参照していただきたいが、柄谷の分析をごく手短に言えば、このような社会的重要性をもった「文学」の勃興と衰亡は世界史の諸段階に対応しており、とくに資本主義にもとづく市民社会が到来した近代においては、その構成要素としての「個人」や「主体性」(のイデオロギー)を形成したのが文学であり、とくに小説だということである。

2026年夏、この柄谷の論考の英語版The End of Modern Literature: On Permanent Revolutionが世界の思想界をリードする出版社、ヴァーソ(Verso)から発行された。そこでは柄谷の論文に加えて、海外の著名な知識人による柄谷へのレスポンスも収録されている。