「開けてはならない社」にいたもの
少し長くなるが、気になる部分を引用してみよう。
根岸鎮衛の『耳嚢』巻之十(書籍によっては巻之九)によると、戸山屋敷は名だたる広大さで、東海道五十三次の様子を模した庭園や山水の眺望が類を見ず、いつのころだったか、将軍のお成り(来訪)が計画された。そこで前もって、幕府の関係者がこの屋敷の調査をすることになって、屋敷の係が案内をした。その際、片田舎を再現した庭園の一角に、いかにも古い社があり、しかも錠をかけてあった。調査役の頭取をつとめていたのは夏目某という気丈な人で、
「この社はなぜ錠がかけてあるのか」
と問うと、係が、
「これは昔から“邪神”を封じ込めたという言い伝えがあって、この錠を開けたことはないのです」
と笑いながら答えた。すると夏目某は、
「そんなことはまかり通らぬ。将軍のお成りのために、我々が下見に参ったからには、ひょっとしてこの錠について将軍からお尋ねがないとは限らぬので、一度見ておきたい」
と言う。係の者は強く止めたものの、中を確かめたいという言い分ももっともなので鍵を渡し、夏目某が中を見たところ、”大きに驚きたる”様子で、早々に扉を閉めて、もとのように錠をかけた。あとで聞くと、
「何か真っ黒なものが頭をぐっと差し出したが、目の光があたりを照らして、恐ろしいことこの上なかった」
と、夏目某は語ったという。(117〜118ページより)
著者の根岸鎮衛は、「思うに“怪”ではなかろう。みだりに口にしてはまずい品を、先代が封じて社に入れて崇めていたのを、夏目が心得てこのように語ったのだろう」と推測しているそうだが、たしかにホラーっぽくもある。
しかも気になるのは、731部隊との関連が指摘されてきた旧陸軍軍医学校跡地のある戸山界隈に、江戸時代から怪異が伝えられていたという部分である。