ブラにこっそり詰め物をして形を整える──のは男の気を引くためじゃない。空気抵抗を減らして、1秒でもタイムを稼ぐためだ。

8月に開かれた自転車競技の世界最高峰「ツール・ド・フランス」の女子部門で、一部の選手がタイム・トライアルの際に、ブラに詰め物をしていたとされる。処分はなかったが、主催者側は今後、服装チェックを一段と厳しくすると表明した。

なぜ自転車競技の選手が胸の形状にこだわるのか。体に当たる空気の流れを調整して走行中の空気抵抗を少しでも減らせば、たとえわずかでもスピードが上がるからだ。この手法は胸部フェアリングと呼ばれ、トライアスロンでも一部の選手が用いている。

笑い話ではない。今年2月の冬季五輪ミラノ・コルティナ大会では、スキージャンプの男子選手の一部が競技用スーツの採寸検査に当たり、ペニスにヒアルロン酸を注射していたという。

ヒアルロン酸を注射すると一時的にペニスが大きくなり、体表面積の測定値が上がり、それだけ大きなスーツの着用を許される。スーツの表面積が大きければ、それだけ滑空中に受ける揚力が増え、理論上はそれだけ遠くまで飛べる。これも現行ルールには違反しないが、WADA(世界反ドーピング機関)が関心を示しているとの報道もある。

ばかげた話だけれど、これが頂点を目指す選手たちの生きている世界の現実。人体のサイズや形状、組成と運動能力の関係を研究している筆者から見れば、こうした傾向は実に興味深い。

言うまでもないが選手たちの体形は種目によって大きく異なる。ボート競技の選手はたいてい背が高くて腕は長く、脚も長い。体操選手はたいてい小柄で引き締まっている。短距離走者は筋肉隆々で、長距離走者はたいていスリム。偶然ではない。どんな運動にもそれに適した体形がある。

しかも、頂点を目指す選手たちの競争は熾烈だ。みんな科学的なトレーニングをし、よいコーチを付け、栄養面の管理も抜かりがない。こうなると、ほんのちょっとの差が勝敗の分かれ目となる。レースでの位置取りや装具の重さ、競技用スーツの形状。どれも些細な違いだが、合わされば大きな差になる。

ツール・ド・フランス(女子)第9ステージで力走する選手たち
ツール・ド・フランス(女子)第9ステージで力走する選手たち ICON SPORT-SIPA USA-REUTERS

例えば自転車競技における胸部フェアリング。ブラに詰め物を入れて胸の形状を整えるだけだが、2024年にはコンピューターによるシミュレーションで、その効果が測定されている。結果、形状を最適化すれば空気抵抗を3.6%減らせることが分かった。15マイルのタイムトライアルであれば、これだけで19.5秒もの差がつく。

ルール上、胸部フェアリングは禁止されている。国際自転車競技連合(UCI)の規約では、選手の体形を変える目的の衣服の着用は禁じられている。空気抵抗を減らす目的で衣服の下に何かを隠すことも許されない。

ただし現実問題として、そうした「目的」を特定することは難しい。選手たちも必死で抜け道を探す。過去にはジャージーの下に水分補給のためのボトルや連絡用の無線機を隠していた例もある。トライアスロンの専門誌が23年に報じたところでは、ジャージーの下にボトルを隠すだけで空気抵抗を5~7%減らす効果があったという。

スキージャンプの男子選手たちの「工夫」も同じだ。競技用スーツのサイズで飛距離に差が出ることは科学的に確認されている。スーツをたった2センチ大きくするだけで揚力を5%、空気抵抗を4%ほど増やせる。飛距離で言えば、1センチの違いで2.8メートルの差が出る。メダルの色はセンチメートル単位で決まるから、この差は大きい。

08年の北京オリンピックでは、競泳選手のボディースーツが大きな注目を集めた。高機能水着の専門メーカーである「スピード」がNASA(米航空宇宙局)の協力を得て開発した「LZR(レーザー)レーサー」は全身を締め付けて包み込むタイプで、抵抗を減らしつつ浮力を増す効果があった。

結果、金メダリストの94%がこれを着用していた。また、その後の2年間で数々の世界記録が書き換えられた。これを受けて、水泳競技の管轄団体(現・世界水泳連盟)は10年にLZRタイプの水着を禁止した。競うべきは選手の能力であり、水着の性能ではないと判断したからだ。

なにしろ1秒、1センチで運命が分かれる世界だ。勝つためには、ルールに触れない範囲で何でもする。ただし、それで競技の公平性が保たれるとは限らない。

科学的なトレーニングや栄養管理を徹底するには莫大な費用がかかる。空力抵抗を測定する実験装置を備え、特注の競技用スーツを用意し、いわゆる「生体力学」のチームを常駐させることができるのは豊かな国の、ほんの一握りの選手だけだろう。ルールが公平でも、資金力で結果に差が出るのは事実だ。

結局のところ、問題はどこまでが限界に挑もうとする真摯な努力で、どこからが不正行為かの線引きだ。

少しでも速く、少しでも遠くへ。頂点を目指すアスリートなら、誰だってそのために練習し、いろいろな工夫をする。その努力が意外な科学的発見につながることもあれば、ばかげたスキャンダルに終わる可能性もある。

それでも、これだけは言える。どんな競技であれ、勝ちたければ人体の仕組みと、その働き方を物理的に理解することが必要だ。才能と努力だけでは秒単位、ミリ単位の戦いに勝てない。だからブラに詰め物を入れたりペニスに注射したりする。一番いい色のメダルが欲しいから。

The Conversation

Alice Bullas, Senior Research Fellow, Sports Engineering Research Group, Sheffield Hallam University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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