歴史上、帝国は石油や金、茶、香辛料といった資源を獲得するべく世界各地に進出し、あるいは滅びてきた。
20世紀前半、対外的に強硬姿勢を強めていた日本も、意外な資源を活用して軍事基盤や産業基盤を強化した。その資源とは、イワシだ。
イワシは日本で、安くて栄養のある大衆魚として、大いに親しまれてきた魚の1つだ。カタクチイワシやウルメイワシなどを含め、古くから日本人の食卓をにぎわせてきた。
だが、戦前の記録によれば、この魚(特にマイワシ)の用途は食料だけではなかった。
明治維新以降、日本は列強の一角となるべく近代化と対外進出を積極的に進めた。遅ればせながら世界的な帝国主義の波に乗ると、武力による併合と侵略により、アジアで広大な地域を手に入れた。
戦前の日本を研究する者として、筆者は日本の帝国主義形成にイワシが果たした役割に注目してきた。粗脂肪量の多いイワシは、漁獲量のかなりの部分が魚油に加工され、その過程で生じる化学原料が戦争を大いに支えていたのだ。
かつて、イワシを肥料に加工する過程で生じる油は、神戸の商社・鈴木商店を通じてヨーロッパに輸出された。臭いの強いイワシ油は、水素を反応させて無臭の固体(硬化油)へと現地で加工された。
この技術が1910年代に日本に伝わると、硬化油の製造過程で生じるグリセリンから、ダイナマイトの主原料であるニトログリセリンが生産されるようになった。
魚油を軍事利用したのは日本だけではない。それどころか、20世紀初めの帝国主義のトレンドの1つであり、ナチスドイツも活用した。
日本の場合、小魚のイワシから取れる油を軍事利用するためには、膨大な漁獲量が必要だった。そしてそのためには、日本列島の沿岸以外にも漁場を広げる必要があった。つまり、イワシと当時の日本の対外進出は相互作用の関係にあったわけだ。そこでカギとなったのが、朝鮮半島周辺の海を支配することだった。
韓国併合とイワシの関係
日本は1910年に大韓帝国を併合したが、この地域のイワシ漁にとって大きな転機となったのは1923年とされる。
この年、朝鮮半島北部沖で巨大なイワシの群れが確認されたのだ。同年の関東大震災による海流の変化や、漁業者がイワシの価値に気付いたこと、そして海面水温の変化が原因ともいわれる。
朝鮮半島東岸をなぞるようにイワシの回遊ルートがあることが分かった結果、ほぼ年間を通じてイワシ漁が可能になり、植民地としての朝鮮半島の重要性も増した。こうして豊富なイワシ資源は、日本の軍事的野心に欠かせないものになっていった。
その結果、当時の日本は、世界最大のイワシ漁獲国となった。農林省水産局の統計によると、朝鮮半島や台湾といった植民地を含めると、31年の日本のイワシ漁獲量は、世界全体のおよそ44%を占めた。朝鮮半島と日本の支配地域全体のイワシ漁獲量はそれぞれ、第2位だったアメリカの約3倍と約10倍にもなった。
工業用のイワシ油の重要性をよく示すのが、39年12月の東亜日報の記事だろう。咸鏡北道(ハムギョンブクド)(現在の北朝鮮に位置する朝鮮半島北東部)沖で「超新記録的な大漁」となったことを喜々として報じている。
こうして、イワシは食卓から戦場までを支える魚となり、31年の満州事変と37年の盧溝橋事件に始まる日本の大陸侵略(とアジアにおける第2次大戦の序章)を支えることになった。こうした軍事作戦と、その後の全面戦争で使われたダイナマイトも、イワシを原料としていた可能性が高いのだ。
この頃までに、咸鏡南道(ハムギョンナムド)(現在は北朝鮮に位置する半島東部)の興南(フンナム)は、魚を原料とする兵器生産の拠点となっていた。その中心となったのが、朝鮮窒素肥料株式会社の一部として設立された世界最大級の化学コンビナートの興南工場だ。当初は肥料工場として建設されたが、35年までにはグリセリンや爆薬も生産するようになった。
興南工場は、地元で取れた魚を原料に、工場内で生成された化学物質を使ってダイナマイトを製造した。それまで火薬は日本から大陸まで運ばなければならなかったが、この興南工場によって、輸送ルートが大幅に短縮された。
こうして朝鮮半島がイワシ漁のハブから、化学工業の一大拠点へと発展すると、イワシは大衆魚から、軍事用の魚へと変わっていく。
だが、イワシの軍事利用は長くは続かなかった。複数の研究によると、その後、日本のイワシ漁獲量は急減し、40年代初めにはほぼ途絶えた。このため水産資源に大いに頼っていた旧日本軍の軍事力も制約を受けた。そして第2次大戦に日本が敗北したことにより、イワシが支えた帝国主義は完全に終焉を迎える。
ただ、イワシの工業利用は現在も続いている。東京の豊海(とよみ)おさかなミュージアムのウェブサイトで引用されている農林水産省の統計によると2020年でも、マイワシの75%以上が魚油や飼肥料など食用以外の目的に使われている。
イワシがかつての日本の戦争を支えた物語は、技術と環境と帝国主義のユニークな交わりを教えてくれる。小さな魚でも、帝国を動かす重要な原料になり得たのだ。
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Pei-Hsu Lin, PhD candidate in the Department of History, Washington University in St. Louis
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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