Ankur Banerjee Hyunjoo Jin
[シンガポール/ソウル 10日 ロイター] - サムスン電子とSKハイニックスの韓国半導体大手2社が打ち出した、目を見張る規模の株主還元策が、韓国政府が進める企業改革の試金石となっている。投資家は巨額の還元を歓迎する一方、韓国株に長年付きまとってきたバリュエーションの低さ、いわゆる「コリア・ディスカウント」を縮小するには、さらなる取り組みが必要だと指摘している。
人工知能(AI)ブームを追い風に、韓国の半導体大手2社は潤沢な現金を手にし、投資家からはより大規模な株主還元を求める声が強まっている。
両社が今年だけで合計130兆ウォン(970億ドル)を超える規模の還元策を打ち出したにもかかわらず、投資家は完全には満足していない。韓国の代表的な株価指数であるKOSPIは両社が指数構成比率のほぼ半分を占めるが、6月に付けた過去最高値をなお約26%下回っている。
こうした反応の鈍さは、李在明大統領が推進する「バリューアップ」プログラムが直面する課題を浮き彫りにしている。同プログラムは、企業統治や資本配分、株主の権利をめぐる懸念から、韓国企業の株価が海外企業より低いバリュエーションで取引される「コリア・ディスカウント」の是正を目指して2024年に導入された。
T・ロウ・プライスの首席ポートフォリオ・アナリスト、クラレンス・リー氏は「サムスンとSKハイニックスがより多くの現金を還元するというだけで、短期的にコリア・ディスカウントが解消される可能性は低い」と述べた。「コリア・ディスカウントには依然として構造的な要因があり、より幅広い企業が参加するという持続的な証拠が必要になる」としつつ、両社の計画については正しい方向への一歩だと評価した。
韓国株は今年、AIブームと業績見通しの改善を背景に67%上昇し、世界でも有数の好パフォーマンスを上げている。それでもゴールドマン・サックスのデータによると、KOSPIは2027年予想利益に基づく株価収益率(PER)が4.3倍と、この地域で最も低く、アジア太平洋株価指数の11倍を大幅に下回っている。
この格差は、韓国株のバリュエーションを引き上げるために残された課題がいかに大きいかを示している。投資家は、ほかの韓国企業が半導体大手2社に追随するかどうかについて、確信を持てずにいる。
「サムスンとハイニックスによる非常に大規模な株主還元と、韓国のバリューアップ・プログラムの成功は切り分けて考えるべきだ」と、アライアンス・バーンスタインの新興国株式部門責任者、サミー・スズキ氏は述べた。「還元額がこれほど大きくなったのは、メモリー半導体の異例の好況と、それによって生じたキャッシュ創出力を反映した部分が大きい。株主還元に対する企業の基本姿勢が根本的に変わったことを意味するわけではない。そのため投資家はなお、『これで十分なのか』と問い続けている」という。
<アキレス腱>
サムスンが打ち出した過去最大規模の株主還元計画は画期的な一歩として評価されている。ただ、一部の投資家やアナリストからは、還元計画の詳細が十分示されていないとの声が出ている。また、少数株主よりも支配一族を利するように見える特別配当に大きく依存する可能性もあるという。
サムスンは今年第3・四半期に約30兆ウォンの現金配当を実施する。2026年の株主還元総額は90兆─110兆ウォンに達すると見込まれている。残る株主還元の詳細は来年1月に確定する予定だ。
「サムスンの発表には非常に失望している」と、シンガポールを拠点とするヘッジファンド、ビスタ・グローバル・アセット・マネジメントのポートフォリオ・マネジャー、キム・ギュシク氏は述べた。自社株買いについて何のコミットメントも示さなかったことは、サムスンが自社株を割安だと考えていないことを示す「ネガティブなシグナル」だと分析。サムスングループの所有構造は、自社株買いを進める上での「アキレス腱」だと指摘した。
大規模な自社株買いと消却を実施すれば、主要株主であるサムスン生命とサムスン火災海上保険 の持ち分が規制上の保有上限を超える可能性がある。その場合、両社は保有比率を10%未満に引き下げるため、株式を売却せざるを得なくなる可能性がある。
アナリストや投資家によると、こうした事態になれば、サムスン電子の所有構造に対する規制当局の監視が強まり、同財閥の「至宝」とも言うべき中核企業に対する一族の支配が揺らぐ可能性もある。
これに対しサムスン電子はロイターへの声明で、「サムスン電子の株主還元は、株主を中心に据えて決定している。系列金融会社が規制を順守するために保有株を売却するかどうかは、その決定における要因ではない」と説明した。さらに、「自社株買いは当社が利用できる複数の手段の一つであり、それだけが手段ではない。2026年の計画にはすでに、大規模な現金配当が組み込まれている」とした。そのうえで、「配当と自社株買い・消却を含む還元政策を実行すること」にコミットしていると説明した。
<ほかの企業はどうするのか>
企業統治の改善や資本配分の適正化を企業に促すバリューアップ・プログラムが長期的に成功するかどうかは、とりわけ参加が任意であることから、ほかの企業が追随するかにかかっていると投資家は見ている。
クレイ・グループの株式部門責任者、アディル・エブラヒム氏は「他社を引っ張る役割を果たせるのは、この2社だけだ。その意味では、これまで発表された数字には失望している」と述べ、サムスンは配当よりも自社株買いに積極的になるべきだとの考えを示した。「なぜなら、ほかの多くの企業は、『この2社がやっていないのなら、われわれが取り組む理由は何なのか』と言うようになると思うからだ」という。
もっとも、変化の兆しも出ている。
韓国取引所のデータによると、韓国企業が今年これまでに発表した自社株買いは39兆ウォン(291億ドル)に達し、2024年と25年の合計額を上回っている。
テンプルトン・グローバル・インベストメンツのポートフォリオ・マネジャー、イー・ピン・リャオ氏は、資本配分の不適切さについても、これまでのように見過ごされにくくなっていると指摘する。同氏によると、少数株主に不利なスピンオフ(企業分割)や買収、株主割当増資などを提案する企業は、少数株主から厳しい批判を浴びるようになっている。
それでも投資家は、取締役会による監督、株式所有の集中、財閥による所有構造、少数株主の保護など、構造的な課題がなお残っていると警告している。
リャオ氏は、「企業自身がそれぞれのバリューアップ計画を策定し、実行する責任を負っていると思う。焦点は政策改革から、実行したことを証明できるかどうかへと移っている」と述べた。