<「攻めるのは割に合わない」と敵に思わせる──そんな発想は、現代の防犯対策が生まれるはるか以前から存在していた。世界の歴史的建造物から、その普遍的な鉄則を読み解く>
犯罪学には、大きく分けて2つの考え方がある。犯罪を起こす「人」に注目する犯罪原因論と、犯罪が起きる「場所」に注目する犯罪機会論だ。
犯罪原因論は、「なぜ、あの人が犯罪を起こしたのか」と問い、その原因や動機を明らかにしようとする。これに対して犯罪機会論は、「なぜ、ここで犯罪が起きたのか」と問い、犯罪のチャンスをなくす方法を考える。たとえ犯罪の動機があっても、犯行に手間がかかり(コスト)、見つかる危険が高く(リスク)、得られるものが少なければ(リターン)、実行を思いとどまるという考え方だ。
こうした犯罪機会論につながる発想は、決して新しいものではない。その原点は、人類の歴史そのものに見いだすことができる。
人類の歴史は、戦争の歴史とも言われる。人々は、限られた食料や資源を手に入れるため、互いに争ってきた。相手の不意を突いて攻撃すれば、略奪に成功する可能性は高くなる。さらに相手を抹殺すれば、復讐される危険も減らせる。つまり、個人の身に起きることとして見れば、戦争とは強盗殺人という犯罪そのものだ。
人々は、命と暮らしを守るため、奇襲を防ぐ仕掛けを考えなければならなかった。そこで、自分たちの居場所を、敵が外から「入りにくい場所」と、敵が誰からでも「見えやすい場所」にしようと工夫した。犯罪機会論の言葉でいえば、前者は領域性の高い空間、後者は監視性の高い空間だ。
こうした工夫、つまり、襲撃のチャンスを、場所のつくり方によって減らそうとする取り組みは、現代の防犯対策が生まれるはるか以前から行われてきた。ここに、犯罪機会論のルーツがある。要するに、防犯デザインの歴史は、人類の歴史とともにある。
今回から数回にわたって、犯罪機会論のルーツを探る旅に出てみたい。