<異なる文化は文字を介してどう出会ったか。イスラームと中華をつないだ翻訳の世界について> 

漢字は「境界面」である。東アジアの人々は、それを介して互いの文化と連結し、対峙し、「反応」してきた。あるいは、漢字で翻訳することで、他の文字圏の文化とも同じように交渉してきた。『アステイオン』104号の特集「漢字・漢語・漢文──文明から考える」は、そのような「境界面」周りの目くるめく世界をディープな所まで案内し、かつその未来をも考えようとする、刺激的な特集であった。

本特集の導きで、その世界の驚きに満ちた日常を堪能する道すがら、中国ムスリム史研究者としての視点から議論を深めたいと思う所も出てきた。以下、3点述べたい。

第一に、石川九楊氏と岡本隆司氏との対談は総じて勉強になったが、石川氏の次の発言には異議を唱えたく思った。

ヨーロッパ全域に匹敵する広大な東アジアの大陸が現在、曲がりなりにも一つの国のような振る舞い方をしているのは、漢字語で統一されているからです。だからヨーロッパにも漢字のような文字言語が存在していたならば、中国のように一つにまとまっていたことでしょう。……ヨーロッパが戦争を繰り返してきたのは文化的に統一されておらず、声の言語を基盤に、多言語、多民族が相互に結合と分裂を繰り返してきた(いる)からです。(『アステイオン』104号、107-108頁) 

石川氏は、同一の文字や言語の共有が、人間集団間の統合や平和を担保するかのように述べるが、これは正しいとは思えない。

たとえば、アラビア文字とアラビア語を共有してきた「アラブ人」は、「一つの国のような振る舞い方」を「曲りなり」にもしていないから、文字・言語の同一性と人々の連帯とのあいだに強い相関関係は無いと言える。

加えてより問題なのは、石川氏が文字・言語の多様性を、文化的調和や社会的融和の阻害要因と見なしていることである。この考えは極端化すると、社会の安定を口実とした、少数者の文字・言語使用にたいする抑圧の正当化に流れかねない。

たしかに、意思疎通を困難にする文字・言語の相違が人々の対立の原因となることもあろう。しかし、同じ相違が人々の軋轢を低減することもある。

たとえば、清朝がロシアと対等の立場で国境条約(ネルチンスク条約)を交わした際、その対等関係が満洲語の条文には正しく反映されたが、漢語の条文では清朝が自らに朝貢するロシアに条約の内容を命じたかの如くに改変され、一般には漢語の条文だけが公開されたという。(*1)

漢人知識人をして清朝皇帝を世界に比類なき中華皇帝として認めさせ、かつ当該条約締結に納得させるために、つまりは清朝の統治の安定と清・ロシア間の和平とをともに保つために、言語の多様性が利用されたのである。