なかでも注目されるのは、ソームズが著書のなかで重要性を力説しているカール・フリストンの、AIと脳神経科学を統合しようとする試み「自由エネルギー原理」論の系譜である。

いまの私には詳しく説明するだけの時間も能力もないが、フリストンの唱える「能動的推論」がヘルマン・ヘルムホルツの提唱した「知覚は無意識の推論」に依拠したものであり、この名言「知覚は無意識の推論」こそ、小林秀雄が訳してロング・セラーになったアランの『精神と情熱とに関する八十一章』の起点となった言葉であったことはここに記しておきたい。

この言葉はカッシーラーの代表作『シンボル形式の哲学』第3巻「認識の現象学」においてもしかるべき位置を占め、それを参照したメルロ=ポンティの『知覚の現象学』においても同じ位置を占めている。

あえて言えば、山崎正和はここでも小林秀雄と、間接的にではあれ、顔を合わせているのである。「精神と情熱」すなわちエスプリとパッシオンは「理智と感情」と訳しても良かったと小林自身、訳者後記に記しているが、小林はここで山崎の『リズムの哲学ノート』のまさに間近に立っていると私には思われる。

山崎の未来にもっとも関心を持っているのは小林ではないか、という気さえしてくる。その視点から見直してくれ、と囁いているように見えるのである。むろん小林だけではない。囁くものは増え、声はざわめきになり、ざわめきはやがて合唱になるだろう。「山崎正和の未来」はいま始まったばかりなのだ。

 

三浦雅士(Masashi Miura)
1946年生まれ。弘前高校卒業。1969年、青土社創立と同時に入社。『ユリイカ』、『現代思想』編集長などを務める。『メランコリーの水脈』(福武書店、サントリー学芸賞)、『身体の零度』(講談社、読売文学賞)など著書多数。

 
asteion_20251106150640.png

 『アステイオン』103号
 公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
 CEメディアハウス[刊]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)