本質的なことだが、身体の芸を論じることの困難は、それを書き止めようとするものにおいて際立つ。芸の達成について書こうと思うのは、すでにその見事さを全身で感じてしまっているからなのだ。

書こうとして出て来るのはもどかしさだけになる。そして、書くことは逆に感動に蓋をするに等しいことに気づいて絶望するのである。感動は身体に属し、説明は意識に属す。だが、本当にそうなのだろうか。

山崎の『リズムの哲学ノート』がもっとも鮮やかな展開を見せるのは、この問題への解決をまったく思いがけない場所から差し出したからなのだ。すなわち、プラトンからデカルトを通ってベルクソンにいたる思考の流儀を根底から批判しようとする場所からである。

大げさに響くだろうが、事実だからしようがない。今世紀に入ってからの山崎の著作の表題はみな大げさである。人類はいまや、意識の時代から感情の時代へと移行しつつある、そのことに気づきたまえ、という趣旨なのだから当然のことだ。

説明が比較的簡単なので音楽の例を引く。私はいわゆる西洋のクラシック音楽の成立というのはほとんど奇跡と言っていい事態だったと思っているが、その奇跡のひとつが、クラシック音楽においては、創作が同時にひとつの批評となっていた、という事実にあったと思っている。

バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンというのは、作品の流れそのものが、影響を受けた前人への批評がそのまま創作になっているように見えるのである。音楽が音楽によって批評され、その批評が新たな音楽として迎えられるわけだ。

しかも、ほとんど呆気に取られるのは、その過程がそのまま、公的空間(教会=儀式)から私的空間(宮廷=家庭)、私的空間から個的空間(個室=寝室)への移行を示しているように思えることである。西洋近代思想史それぞれの時代の本質を音楽によって体現しているようなものだ。

これには建築の発達、楽器の改良──とりわけピアノ・フォルテ──が全面的に関与しているだろうが、同時にサロンやクラブの形成と発展もまた重要であったと思われる。

冗談のようだが、モーツァルトの新しさは家庭(会話)にあり、ベートーヴェンの新しさはボン大学への在籍(議論)にあったと私は思っている。シューベルティアーデの新しさが「家庭の会話」と「学生の議論」の融合にあったことは間違いないだろう。

具体的な影響関係の有無は措いて、大雑把な話をするほかないが、モーツァルト交響曲第二十五番からベートーヴェン交響曲第五番への飛躍は個的内面空間の成立とその深化を示しているようにしか聞こえない。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンにおける弦楽四重奏、ピアノ三重奏の展開にしても同じ。

昔は打楽器に等しかったハープシコードがピアノ・フォルテに転じ、リズム(人々の集団感情)からメロディ(個人の内面感情)に表現の重点を移してゆく過程がそのまま、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパンのピアノ・ソナタの発展として現出するに及んで、聴衆はさながら西洋近代思想史をじかに耳にする思いだったに違いない。

歴史は言葉(意識)によってのみ書かれるわけではない。身体(感情)によっても書かれうるのだ。山崎の予言がこの領域においてはすでに19世紀前半に現実化していたに等しい。

私はチャイコフスキーの『白鳥の湖』はメンデルスゾーンの『夏の夜の夢』への批評がそのまま創作として結実したのだと考えているが──メック夫人への手紙──、それは何よりもまず、後輩が先輩の音楽のなかに公的空間、私的空間、個的空間の音楽が並んでいることを見出し、バレエ音楽においてこそそれらのすべてがいっそう所を得て居並ぶことが出来ることを発見したことを意味しているのである。

チャイコフスキー以外にこの事実を発見したものはいない。それは他の作曲家のバレエ音楽を聴けばすぐに分かる。チャイコフスキーの最後の作品『くるみ割り人形』に光彩を与えているのはそのバレエ音楽というジャンルの発見の喜びである。

これほどの粒ぞろいを集めた宝石箱はほかにないと私は思っている。公的空間、私的空間、個的空間がみな完璧な音楽として揃っているのである。すべて美しくも哀しい。歓喜は瞬間だが悲哀は持続なのだ。

チャイコフスキーは音楽が悲哀と歓喜を研究するための最大の手段であることを証明したようなものだ。その点ではモーツァルト以上にベートーヴェンに近い。