<アクロバティックなやり方で解決した日本人と中央ユーラシアから見た、もう1つの文字史。「漢字の求心力」と「表音文字の遠心力」について> 

『アステイオン』104号の特集「漢字・漢語・漢文──文明から考える」は、古今における東アジアが漢字とどう付き合ってきたかを再認識させてくれる優れた特集であった。

様々な立場から漢字とそれによって織りなされる言語・文化が語られており、我々が当然のものとして使ってきた漢字に、こんなに豊かな切り口があるのかと驚かされる。

ただ、本特集を読みながら考えたのは、漢字を使わなかった人々、あるいは距離を置いて付き合った人々の存在である。筆者の専門である中央ユーラシア史には、まさにそうした人々が登場する。

今回の特集の主役である漢字は、文字自体が意味を持つという性質上、漢語以外の言語を表すのに全く向いていない。外国語を漢字の音だけで表そうとしても、そこにくっついてくる意味がノイズとなってしまうのだ。

日本人はこの問題をかなりアクロバティックなやり方で解決した。すなわち、草書体に崩した漢字から意味を取り払って表音文字化し、仮名文字として日本語を表せるようにしたのである。

こんなやり方を採って問題を解決した言語集団はユーラシア東方では他には存在しない。他の集団は、自らの言語を表記するために、既に存在した表音文字を使うか、新たな文字を創作して対応することとなった。

例えば、8世紀の古代トルコ系遊牧民は漢文ではなく、突厥文字(トルコ・ルーン文字)と呼ばれる独自の文字で古代トルコ語を綴った。この文字の起源はよく分かっていないものの、西方からやってきたものと言われている。

また、同時代の中央アジアの人々として、ソグド人がいる。長距離交易を得意とするオアシス商業民であり、西アジア起源のソグド文字を使ってソグド語を筆写した。

とりわけ興味深いのは、ソグド文字がウイグル文字、13世紀にモンゴル文字、さらに17世紀以降に満洲文字へと受け継がれていったことである。現在も内モンゴル自治区ではモンゴル文字が使われており、ユーラシア東方には漢字とは異なる文字文化が連続して存在してきたことが分かる。

ソグド語で記されたマニ教徒の手紙ソグド語で記されたマニ教徒の手紙/public domain

それぞれ言語の異なる人々によって使われ続けた理由は、何と言ってもユーラシア東方においては貴重な表音文字だったということが挙げられるだろう。

もともと古代西アジアで使われたアラム文字が原形で、新たな文字となるたびに文字が結合したり、発音の補助記号などがついたりして改良されてはいくが、アラム文字以来、文字が表す音が変わっていない。

つまり、ユーラシア西半ではローマ字(ラテン文字)が現代まで生き残ったように、ユーラシア東半ではアラム文字系統の文字が現代まで使われ続けていることになる。