歌舞伎町という街の特異性は、私も私なりに理解はしている。“私なりに”としたのは、深部まで入り込んだわけではなく、自分が暮らす場所からの延長線上にあるエリアとしての歌舞伎町に足を運んでいたに過ぎないからだ。
世間知らずだった20歳前後の頃は一帯のディスコにも行っていたし、その帰りの朝方に、ノリで入った風俗で軽くぼったくられかけたこともあった(怖かった)。
今は恵比寿に移っているライブハウスのリキッドルームが歌舞伎町にあった1990年代には、ヒップホップを中心としたライブを見るためにもしばしば訪れた。そういえば、意気投合したBIG Lというニューヨークのラッパーと、取材時に周辺を散歩したこともあった(彼はその直後に亡くなった)。
少なくともその頃まで、歌舞伎町にはヤクザの匂いがした。私のようなヤワい立場の人間にさえ、それは分かった。遅い時間にちょっと歩けば、“歌舞伎町にしかない匂い”がぷんぷん伝わってきたのだ。
ところが、いつの間にか雰囲気は変わっていた。端的に言えば、どんどん“普通の街”に近づいていった。もちろん、真の歌舞伎町はちっとも普通ではないだろう。しかしそれでも、流れる空気は確実に変わったように思う。
だから、『教養としての新宿・歌舞伎町――立ちんぼから半グレまで、裏社会の現在地』(久田将義・著、朝日新書)に書かれていることにも、共感できることは少なくない。
歌舞伎町を語る上で欠かせない「要素」がある。ヤクザ組織だ。この街を解析する際に彼らの存在は不可欠と言ってよい。半グレだ、トクリュウだ、と言っても歌舞伎町(全国の繁華街もだが)を裏で仕切っているのは彼らである。いわばこの街の主人公だ。ヤクザの視点を通さずして「歌舞伎町の真実」は分からない。(「はじめに」より)