対談の冒頭で、石川氏は『国語国字教育史料総覧』を取り上げ、ヨーロッパ的な言語観では日本語の問題は解けないと異論を唱える。
なぜならば、東アジア漢字文明圏にある日本語の文字は言葉とともにあり、日本語は単一の言語ではなく、漢字語、ひらがな語、カタカナ語の混合体なのに、近代以降、言語学者は西洋の言語理論を輸入し、その受け売りで、日本語を分析する。その結果、どうしても日本語を異様と考えてしまうわけである。
筆者から見れば、これは日本語に限る話ではない。中国語の場合も然り! 確かに富国強兵のために、西洋の学問、特に自然科学を導入するのが喫緊の急務である。だからといって、人文思想の伝統まですべてを否定する必要はないだろう。まさか初めから東アジアを作り直すことが出来っこないのである。
ヘーゲルが『歴史哲学講義』のなかで、漢字の造語能力をけなし、ドイツ語の造語能力を持ち上げているが、事実、彼は漢字のことを全く知らずにそのような比較をしただけである。いまさら反論する必要もない。
「あれは学問的後進性、植民地性に立脚した誤謬であったと深刻に自省した上で日本語を考え直す」必要があると石川氏は主張する。これに対して、岡本氏は中国史にも全く同じ問題があると指摘する。
つまり、「漢字で書いてある史料をヨーロッパの概念を使って読み解こうとする議論は後を絶ちません。そのせいでわかるものもわからなくなってしまっている」と嘆いている。筆者はここまで読むと、嘗ての中国の歴史学界におけるある出来事を思い出し、苦笑を禁じ得なかった。
マルキシズムの史的唯物論によると、資本主義の次の段階は社会主義である。そうすると、中国にも資本主義の段階があったはずだ。ないと非常にまずいことになるだろう。しかし、どの王朝にあったのだろうか。
いろいろ調べてみた結果、明朝の末期に資本主義の萌芽があったとか、さまざまな説が作られた。それこそ西洋中心主義的な発想に陥ったものであろう。そういう意味では、石川氏の次の言葉はまさに東アジア近代の教訓を総括したものである。
「黒船来航以来、日本人は西洋文明の技術、軍事力、思想の洗礼を受け輸入せざるをえなくなった。ここで既に存在し、逃がれることなどできはしない豊穣な東アジアの学問と思索の積畳(せきじょう)を基盤に取捨選択すればよいものを、それをすっかり捨て去って受容に専念することになった。東アジア的であるしかない存在(ザイン)がそれを忘れてひたすら西洋的当為(ゾレン)に走った。そこに近代日本の学問と思索の悲劇が生まれました」。
この一文の主語を中国に変えても全くさしつかえないだろう。岡本氏に「今回の特集も現在の状況に一石を投じたくて組みました。知識人と言えば西洋の学問を学ぶものだという常識は、私たちが若い頃には既にありましたね」と言わしめたのは、かなり根が深い問題であることを物語っている。それこそ、私たちが今日考え直すべき極めて重要な課題ではなかろうか。