「犠牲は自分だけでいい」
怒濤のメディア対応と苦情処理。さぞかし現場は疲弊し、方針の転換を迫られたかと思いきや、安永さんの姿勢はぶれなかった。徹底したのは、パンチが話題になる前と後で、園の日常を「何一つ変えない」ことだった。
「なぜメンタルを保てたかと言えば、軸がぶれないから。その軸は『動物第一(動物ファースト)』。これに尽きる」と力を込める。食事の時間、運動量、餌の量、そして飼育員の仕事。すべてをいつも通りに保つことこそが、動物たちの平穏を守る唯一の道だと確信していたからだ。
そのため、安永さんは他のスタッフを守る盾となった。「大変なのは私一人で十分」。当初はメディアに露出していた現場の飼育員たちは、その奮闘ぶりが称えられ、ネット上で“アイドル視”されるような動きもあった。一方、個人情報を晒されたり、偽アカウントが作られて悪用されたりする実害が出始めたため、3月からはカメラの前に出すのを取りやめた。報道対応はすべて安永さんが一人で引き受けることにした。
「市営の動物園だから、民間のようにお金をかけて急に人を増やすことはできない。だからこそ、私以外のスタッフには変わらぬ仕事をしてもらい、動物たちに変わらぬ生活を送ってもらう。日常を守るとは、そういうことだと自分に言い聞かせてきた」。周囲からは時に「目立ちたがり」といったやっかみの声も聞こえたが、安永さんはただ一途に「動物第一」の旗を掲げ、この狂騒の4カ月を乗り切ってきた。
5月の大型連休が無事に過ぎ、ようやく一息――そう思っていた矢先に、今度はサル山に迷惑系ユーチューバーが闖入、逮捕される事件が発生。急場しのぎで、サル山の柵に容易に近づけないような措置を講じた。「なかなか休めませんね」。苦笑いしながらも気丈な安永さん。休みの日も常にSNS施策や二の矢、三の矢を考えて過ごす。園の安定と発展が、少なくない割合で一課長の手に委ねられている。
(記事の続きは後日公開予定です)
平和と繁栄を謳歌した戦後も「敗戦」だった――7つの国家危機から読み解く衰退の原因