David Jeans

[スターベース(米テキサス州) 10日] - 米実業家イーロン・マスク氏が率いる宇宙開発企業スペースXが前回、米テキサス州南部ブラウンズビル近郊の打ち上げ拠点「スターベース」でロケットを打ち上げた際に、チャーターボートの船長のエディ・レイエスさんは発射台から2マイル(約3キロ)足らずの海上に乗客を案内していた。炎の噴流が噴き上がり、衝撃波が船体を揺らす中、ロケットは大空へと昇っていった。

ブラウンズビルで暮らすレイエスさんの家族はスペースXの進出で恩恵を受けている。打ち上げを一目見ようと宇宙ファンが集まるようになり、チャーターボート事業は盛況。おいの1人はスペースXで溶接工として働き、テスラ製「サイバートラック」に乗っている。

しかしスペースXのロケットは一家の暮らしを支える一方で、レイエスさんの母親の家を文字通り「揺さぶって」いる。家屋は打ち上げ時の衝撃波で天井にひびが入り、窓の気密材は緩み、基礎部分も沈下しつつある。母親は現在、住宅被害を理由にマスク氏の会社を提訴している数十人の住民の一人だ。

しかしレイエスさんは「進歩を止めることはできない」という立場を取る。そしてスターベース周辺のリオグランデバレー地域の住民の多くも同じ意見で、マスク氏の惑星間移住構想の波に乗り、その代償を受け入れようとしている。

スペースXの事業急拡大は地元に雇用の創出、観光客の誘致、世界的な注目をもたらす一方、訴訟や環境問題を引き起こし、人口約140万人のリオグランデバレー地域住民の間に深い分断も引き起こしている形だ。

スペースXは12日に実施する評価額1兆7500億ドル(約280兆8750億円)規模の新規株式公開(IPO)で750億ドルを調達する見通し。調達資金の一部は世界最大のロケット「スターシップ」の試験飛行の頻度を週1回ペースへと増やすために充てられる予定で、スターベース周辺住民への圧力が一段と強まるのは避けられない。

スターベースを巡るこうした相反する状況は、先月のスターシップ打ち上げを前に改めて浮き彫りになった。過去最大規模の飛行を控えて、近隣施設で契約作業員のホセ・バウティスタさん(25)が転落事故により死亡したのだ。地元の政策研究者が企業側に説明責任を求める動画をSNSに投稿すると数千件の「いいね」が集まった。

一方でスペースXを擁護する声もあった。事故の責任は同社にはないと主張し、「亡くなった本人も事故は事故として受け止めるだろう」と書き込む人もいた。この人物はロイターの取材には応じなかったが「フーバーダムのような巨大プロジェクトでは多くの命が失われるものだ。それでも事業は続く。それが米国流だ」とコメントした。

<裏庭にロケット発射場>

2014年にスターベースの建設が始まった当時、ボカチカ地区はメキシコ国境沿いにある小さな住宅地で、市民に人気のビーチでもあった。今では2基の発射施設が約500フィート(約152メートル)の高さで海岸を見下ろし、キャンピングトレーラーや小型住宅、新築の豪邸が並ぶ住宅地が広がる。スペースXは先端製造施設「スターファクトリー」と、組み立て施設「ギガベイ」を活用し、将来的には年間で最大1000機分のスターシップ部品を生産する計画だ。

この町には独特な点がある。独自の警察組織の創設を進め、市独自の裁判所の設置も議論されている。地元の幼稚園では水準を大きく超える4桁の数を扱う教育が行われ、地元のバー「アストロパブ」はスペースX社員しか利用できない。

ギガベイの側面に描かれた巨大な壁画に描かれた火星の植民地のように、この町は将来の惑星間植民地のモデルとなっている。スターシップ打ち上げを控えた夕方、午後5時になると、スターベースの建物から自転車で次々と出てくる従業員で通りは活気づいた。サイバートラックの車列はブラウンズビルへ向かう幹線道路に並び、マスク氏の彫像や「将来の火星大使館の所在地」と記された標識の横を通過していった。

<地域経済のメリット>

地元当局の多くはスターベースを、米国でも特に貧しいこの地域に恩恵をもたらす存在として歓迎している。大ブラウンズビル経済開発公社が3月に公表した報告書によると、スターベースは5000人の雇用を生み、過去1年間で観光収入1億ドルを地域にもたらした。

ブラウンズビル市で市政委員を務めるティノ・ビジャレアル氏は、シャッターが下りた店舗や老朽化した住宅の合間に新たにオープンしたレストランを指さして、豊かになった労働者層の需要を取り込んでいると指摘。「マスク氏は光の速さで動いてきた。そして、そのことがブラウンズビルの成長と発展のスピードも加速させた。ブラウンズビルにステロイド剤を打ち込んだようなものだ」と言い切った。

リオグランデバレーの住民の中には当初、スペースXを歓迎していた人も多かった。約20年間この地域に住んでいたマリア・ポインターさんは、20年にマスク氏と面会した後、自宅をスペースXに売却した。「当時は興奮していた。われわれは、この地が世界中のイーロンたちが宇宙に向かう際の中継地としてふさわしいと感じていた」

しかし時が経つにつれ、町の雰囲気は以前ほど友好的ではなくなったという。4月にはイタリアの報道クルーと共に、かつて自宅の台所があった場所に建つスターファクトリーを撮影しようとしたが、警備員に退去を求められ「まるで軍隊のようだった」と嘆く。

近隣のラグナビスタ、ポートイザベル、サウスパドレ島の住民も、スターシップの打ち上げで住宅に被害が生じたとして、4月にスペースXに対する集団訴訟を起こした。

原告の1人の女性は弁護士の指示に従い実名での取材を断ったが、自宅をロイターに公開した。戸棚は傾き、ドアは閉まらず、床にはゆがんだ合板が敷かれていた。ロケット打ち上げ後にシャワーの配管が破裂してカビが発生し、床が損傷した。基礎部分の修繕費は約10万ドルと、自宅の評価額の半分以上に上りそうだという。

女性は「彼らは火星を目指している。でもここで暮らしている私たちはどうなるのだろう。私は今ここで暮らしている。それなのに誰も私たちのことを考えていない」と訴えた。

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