Norihiko Shirouzu Maki Shiraki Daniel Leussink
[東京 10日 ロイター] - ホンダが未曽有の危機にある。電気自動車(EV)戦略のミスにより上場以来初の年間最終赤字を招いた三部敏宏社長(64)に対し、歴代社長経験者らOBが直接辞任を迫ったが、三部氏の続投の意思は固く、翻意はならなかった。中国での苦戦に加えて、社内では二輪と四輪の事業間対立が深まり、サプライヤーからは補償やコスト削減要求に対する不安や動揺が広がる。
1年以上前の日産自動車との経営統合の交渉破談以降も検討を続けている同社や三菱自動車との協業を巡っても、具体策はいまだ公表されず「検討中」を繰り返すばかり。今月26日に開催するホンダ株主総会では、経営陣への厳しい批判と追及が避けられない情勢だ。
ロイターは元幹部、現役幹部、サプライヤーなど計12人の関係者を取材。OBたちが三部氏に辞任要求を直談判するに至った会話の詳細を初めて報じるとともに、取締役会の後ろ盾を得て辞任圧力をかわす三部社長、三部体制下で低下する社員の士気や停滞する協業戦略、サプライヤーの動揺などを詳報する。
<有力OBが「辞任」を直談判>
ロイターが入手した元幹部らの議論の書面要約と、実際に議論に加わった2人への独自取材によると、ホンダの元経営幹部数人は昨年末から非公式の会合を重ね始めた。三部氏がもたらした経営問題、その責任の所在について話し合うためだ。元幹部らは数カ月にわたり食事会やメッセージアプリを通じて協議を続け、時には現役幹部が加わることもあった。
元幹部らの批判は多岐にわたる。三部氏が最重要市場である中国を軽視し、EVへの賭けに「失敗」したことが、1957年の東証上場以来、約70年で初となる年間最終赤字を招いた。三部氏は工場や販売店などの「現場」に出向くよりも、ホンダがスポンサーを務めるプロゴルフのほうに「執心」――批判の矛先は個人的な領域にまで及んだ。
関係者3人によると、元幹部たちの忍耐は4月に限界を迎える。議論の一部に加わっていた4代目社長の川本信彦氏(90)が本社を訪れ、三部氏に辞任を直談判した。川本氏を含む旧経営幹部は引退後も大きな影響力を持っており、過去にもホンダの危機の際に社長を退陣させてきた経緯がある。
しかし今回、三部氏は首を縦に振らなかった。同氏は上場以来初の赤字決算となった責任を取るため、辞任ではなく、2026年3月期の業績連動型報酬の不支給、27年3月期の月額報酬30%・3カ月分の自主返上を選んだ。
ロイターの取材に対し、川本氏は副社長経験者とともに三部氏と面会した件について「すでに会社側から外部に伝わった話で、現在では広く知られる事実」と認めつつ、「私たちと三部氏との間で交わされた社内秘の話」として会話の内容については口を閉ざした。
ホンダ広報は、OBの協議、OBと三部氏との面会について「そのような情報は把握していない」とコメント。三部氏が現場を軽視し、ゴルフに熱心というOBからの批判に対しては「スポンサー活動への関与はブランド価値向上や企業の社会的責任の一環として適切に対応している」と述べた。
5月に発表した2026年3月期決算では、開発を中止したEV3車種などに伴うEV関連損失1兆4536億円を計上し、27年3月期には5000億円の損失が発生する見込みで、累計で最大2兆5000億円と試算。40年までに販売する新車全てを燃料電池車を含むEVにするとの目標も撤回。EV事業からは撤退しないが、ハイブリッド車(HV)強化へと戦略を見直した。
その背景には、SDV(ソフトウェア搭載車)を超低価格で大量生産する中国EVメーカーの攻勢など「想定をはるかに上回るスピードの市場環境の変化」(三部社長)がある。売上高の半分以上を米国で稼ぐホンダは、トランプ関税やEV補助金撤廃からも痛手を被っている。
「彼らが活路を見出す方法がわからない。このままでは、間違いなく近いうちに手遅れになる」。「日本人の知らないHONDA(原題:Driving Honda)」でホンダを論じた著者のジェフリー・ロスフェダー氏はそう話す。
ホンダは今後の業績について、29年3月期に四輪の再構築に加え、二輪や金融事業の成長と合わせて過去最高の営業利益1兆4000億円以上を目指すV字回復シナリオを示している。
<「現場を見ていない」>
ホンダは長年にわたり、創業者・本田宗一郎氏の精神を受け継いできた。鍛冶屋の息子として生まれた宗一郎氏は強烈な独立心とエンジンへの執念を持ち、「シビック」「アコード」という世界で最も売れた乗用車、史上最も普及した二輪の「スーパーカブ」を世に送り出した。
ホンダの成功の鍵は「現場」への徹底した注力にあり、現場を見失うことは経営者にとって許されないという。しかしOBたちは、三部体制下では「オヤジ(宗一郎氏)」の精神が失われつつあると憂慮する。三部氏ら現経営陣は「現場を見ない、顧客の声を聴かない」──。OBたちの協議の要約にはそう記されていた。
21年4月に社長に就任した三部氏。就任初期が中国のゼロコロナ政策(20年1月23日から23年1月8日まで)と重なり、中国出張が不可能だったという事情はあったにせよ、関係者の1人は、三部氏は「中国への訪問は少なかった」と嘆く。多くの競合他社のトップが登壇する業界最大のイベントである中国の自動車ショーも「視察したことはあるが、一度も登壇したことはない」との印象を語った。
三部社長の在任期間中、ホンダの中国市場シェアは急落。20年の8%から昨年は3%未満に低下した。ホンダ広報はOBからの指摘に対し、「現場主義は変わることはない」と強調。三部氏の中国訪問回数は明示しなかったが、「必要に応じて各市場への視察を行っている」と話した。
三部氏は23年4月下旬、登壇はしていないが「久しぶりに上海モーターショーに行って現実を見てきたが、相当、(ホンダの)先を行っていると認識している。このままでいいとは考えていない」と報道陣との取材会で危機感を吐露している。
OBたちはさらに、ホンダ所属のプロゴルファーで双子の姉妹である岩井明愛・千怜両選手とのラウンドを含め、三部氏がスポンサーゴルフに多くの時間を割いているとも非難。三部氏のコミュニケーションは時に状況認識を欠き、社員の士気を損なうものだったとも批判している。
関係者によれば、川本氏が4月に本社を訪問した時点で、取締役会の指名委員会はすでに三部氏の社長続投を決めていた。多くの日本企業と同様、ホンダもコーポレートガバナンス改善に向けた規制当局の要請を受け、近年は社外取締役の数を増やした指名委員会等設置会社に移行しており、OBの影響力は以前に比べ大幅に低下した、と関係者の1人は語る。
指名委員会は三部氏と社外取締役4人で構成されていたが、三部氏は6月の株主総会を持って同委員会から退く。
ホンダ広報は、三部氏が自身の進退に関する指名委員会の議論に参加したかどうかについて回答を控え、トップ人事は「適切なプロセスを経て決定する」とコメントした。
<低下する士気、協業の空転>
上場以来初の赤字に「社内は非常にしらけている」(ホンダ幹部)。経営責任の取り方が報酬面だけで、全く辞める気を示さない三部社長の姿に首を傾げる人は多いといい、この幹部は「脱エンジンや日産との協業推進という流れでホンダを去った社員も多い。戦略見直しの決断が遅かった」と残念がる。
三部氏の発言に違和感を示す声もある。同氏のコミュニケーション能力は、社内で必ずしも自身の立場を有利にするものではなかった。例えば、現在は撤回したEV優先戦略を擁護する三部氏の発言は、時として的外れに聞こえ、社員の士気を低下させた、と幹部らは述べている。
四輪事業の収益悪化は業績以外にも深刻な影を落としている。関係者5人によると、社内では二輪と四輪の事業間対立がさらに深まっている。26年3月期の四輪事業は1兆4111億円の営業赤字。一方、7319億円と過去最高の営業利益を達成した二輪事業の社員たちは「不振にあえぐ四輪事業の穴埋めをさせられている」として、不満を一段と募らせている。
三部氏は今年に入り、EV事業を切り離して外部投資家を受け入れるという銀行からの提案を断ったという。この協議を知る関係者によると、三部氏は自身でEV事業を立て直すとの意向を示した。
三部氏は5月の決算会見後、ロイターの取材に対し、EV事業の分社化について、以前は検討していたが、「スピンオフは一長一短ある。今はその方向での検討をやめている」と明かした。「四輪のほうでできた技術は、二輪に使えるものもある」として二輪だけを切り離すことも予定していないと語った。
日産、三菱自との協業の具体策も「検討中」を繰り返すだけで、正式発表できずにいる。ホンダと日産の経営統合協議の破談から1年余り。その後も三菱自を含む3社による協業の枠組みは維持され、米国での車両共同生産などを検討中だが、ホンダと日産の5月半ばの決算会見では特に具体的な内容は公表されなかった。同月下旬に開かれた三菱自の中長期ビジョン説明会でも、同社はこの時期までに決めたい意向だったが、ホンダとの協業内容の詳細は示されなかった。
関係者2人によると、三菱自は説明会に先立ち、協業内容を説明会で触れていいかどうかをホンダに打診したが、ホンダはこれを拒否。当日、ホンダとの協業の進捗を問われた三菱自の加藤隆雄CEO(最高経営責任者)は「さまざまな可能性を検討している」との従来の回答にとどまった。
協業案は、三部氏の腹心の1人だった小沢学・執行役常務らのもとで検討が続けられてきた。その小沢氏も6月の株主総会をもって退任する。三部体制の主要戦略が行き詰まりを見せる中、三部氏らが主導してきた協業案もあらためて精査しているという。
ホンダ広報は、ロイターの取材に対し、「そのような情報は把握していない」とし、日産・三菱自との協業については「現在も継続してさまざまな検討を行っている段階」とした。
<サプライヤーの動揺>
三部氏は5月の決算会見で四輪事業の再建計画を示した。EV事業からは撤退しないが、主力市場の北米を中心に30年3月期までに世界でHV15車種を投入するほか、中国企業の開発手法や部品の低コスト調達を学び、標準化して世界展開する。「四輪のコスト競争力は不十分だった」と認め、「インドや中国のサプライヤーのコスト力を基準にして部品を調達する」と説明。次世代HVシステムは23年モデルに比べて3割以上のコスト削減を目指す方針を打ち出した。
この方針により、サプライヤーの間には動揺が広がっている。ホンダが見積もるEV関連損失には、EV開発中止に伴うサプライヤーへの補償費用も含まれるが、ロイターが取材したサプライヤー2社の幹部は、請求する補償が全額支払われるのか不安を口にした。また、いつになるかわからないEV普及期まで関連の設備や人材を維持し続けなければならず、「儲からないのに負担だけが膨らみ続けるのでは」と先行きを懸念する。
3割以上のコスト削減についても、ホンダから一方的に宣言されたと両幹部は話し、「どうすれば、それだけの削減が実現できるのか」と戸惑いを隠せない。ホンダ広報は事前にサプライヤーに相談したかどうかは明言しなかったが、「今後、サプライヤーとも連携しながら構造的なコスト改革を進める」とした。
専門家はどうみているのか。「ホンダの四輪事業の問題は開発能力が低下し、コストが下がっていないことだ」。SBI証券チーフエグゼクティブアナリストの遠藤功治氏はそう断言する。
上場以来初の赤字、三部社長の経営責任の取り方、社員の士気低下、サプライヤーの不安、協業の空転――。6月26日の株主総会では、株主からの厳しい追及が三部社長ら経営陣を待ち受けている。
(白木真紀、白水徳彦、ダニエル・ルーシンク 編集:橋本浩)