<不遇の姉妹の成長物語、ケアと編集の接点、ニワトリと暮らす家族…個性あふれる作品と、作者たちとの思い出について> 

ブックオカという本にまつわる福岡のイベントを20年続けてきた。20年をみんなと振り返るときがあるのだが、30代から50代にかけて生活の変化、浮き沈みがあるなかで夢中で走ってきたせいか、記憶は散在している。

私が最も印象に残っているのは2024年、津村記久子さんに来ていただいたイベントだ。私が呼びたい作家の名前を挙げたことが今までなかったため、実行委員の会議でも、ちょっと驚かれた。津村さんの話が聞きたい老若男女であふれかえる会場で『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版)について話を聞いた。

物語は1981年から始まる。18歳の理佐と8歳の律の姉妹が母と母の恋人から逃れて電車に乗り、遠い山間の町へとやってくる。蕎麦屋の浪子さん守さん夫妻のもとで働くことに決めた理佐は、世間から見ればまだ子どもに近い。そば粉をひく臼の動力は水車で、水車小屋にはネネという鳥がいた。賢いヨウムで、歌がうまくてひき臼の番をしている。

確かに求人票の仕事内容には蕎麦屋のホールのほかに「鳥の相手」と書いてあった。世話ではなく相手。この小説の中でネネがどんな存在なのかがよくわかる一節だ。

小学生の妹を養っていけるのかという不安の中、この土地を愛する絵描きの杉子さんや常連客たち、身勝手な親から姉妹の将来を守ろうとひそかに覚悟を決めている担任の藤沢先生たちの親切によってすこしずつ生活を形作っていった。

章ごとに10年が過ぎ、読者は長い年月を姉妹の成長とともに過ごし、「自分はおそらく、これまでに出会ったあらゆる人々の良心でできあがっている」という律の言葉に誰もが打ちのめされるに違いない。

ひとりの人の大きな愛に包まれることと多くの人からの小さな愛をすこしずつ受け取ること。どちらが正しいと比べるのではなく、今ここにある人生をいとおしむ40年を読み終えて、物語はいつまでも続いてほしいと思わずにいられなかった。

姉妹を慈しみ守ってきた人たちの老いや喪失もついてくる。どんなにつらい状況が続いても、理佐は洋裁、律は読書という趣味を手放さなかった。それがこんなにも心強いことなのかと長い小説を通して感じた。

津村さんにもずっと手放さずに続いていることをお聞きすると、それは音楽であり、中でもライブに行くことだった。フェスのタイムテーブル片手に熱く語る津村さんの姿が今でも目に焼き付いている。イベント終了後のサイン会も大盛況で、自分が好きだと思った作品でここまでの共感を得たことは書店員生活の中でも稀有なことだった。