「精神科医として勉強が足りない」とクレーム
事実、発言はことごとく遮られる。著者は閉口しつつも、「久美さんはどう思いますか? お母さんとの暮らしで困っていることはありますか?」と問いかけてみた。
久美さんはおどおどと母親の顔をうかがいつつ、口を開いた。
「私はふつうに働いたりできないから、施設じゃないといけないってお母さんは言います。私は家が好きなので、あまり入院はしたくないんですけど……」
母親は久美さんを凝視している。その視線を気にしてか、彼女は今にも泣き出しそうな顔で「でもお母さんが言うなら、そうしたほうがいいです」と答えた。(116ページより)
その後、「通院を続けながら、一緒に困りごとに対応していきませんか?」という著者の提案は母親の罵声で遮られ、「S病院に紹介状を書いてください」「精神科医として勉強が足りないんじゃないですか?」とクレームが追加される。
救急外来もあったため時間がなく、やむなく紹介状を書くことにしたというが、母親に怯える久美さんの気持ちを考えると、なんともやるせない話だ。
精神医療の現場には、病に苦しむ当事者のみならず、こうしたトラブルメーカーも存在するわけである。
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。他に、ライフハッカー[日本版]、東洋経済オンライン、サライ.jpなどで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)、『この世界の中心は、中央線なのかもしれない。』( 辰巳出版)など著作多数。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。