無罪を勝ち取るには複数のホームランが必要なほど
サインさせられてしまう理由はそれだけではない。袴田事件でも指摘されたように、暴力的な言葉もまた、被疑者を萎縮させ、不安に陥れる要因となるのだ。
こんな状態がいつまで続くのかと不安が募っているところへ、検事から「一晩でも二晩でも泊まっていくか」「課長が犯人でないなら室長のお前が犯人か」などと逮捕を匂わすようなことを言われたり、「お前がやっている活動を全部できないようにしてやる」と脅されたり、「同僚の〇〇さんは嘘つきじゃないよね。じゃあ、〇〇さんと同じ調書でいいね」と誘導されたりすれば、ほとんどの人は「とにかくこの場から逃げ出したい」という気持ちになり、検察のストーリーどおりの調書にサインをしてしまいます。
それが検察の狙いなのです。(61ページより)
しかも、反論のつもりで「仮に検事さんの言うような事実があったとしても……」というようなことを話したとしても、調書では「こういう事実があった」と書かれてしまうのだという。
著者の言葉を借りるなら、「仮定」を「断定」にすり替えることなど、検事たちはなんとも思っていないのだ。だとすれば、現実問題として検察がさまざまな冤罪を生み出していることにも納得せざるを得ない。
他にも、ここに書ききれないほどの理不尽な扱いがあったそうだが、それでも著者は2010年9月10日、ようやく無罪判決を勝ち取ることができた。
だが、「やっていないなら、頑張って無実を訴えれば分かってもらえる」というような問題ではない。裁判を野球になぞらえるとしたら、無罪を勝ち取るにはヒットの積み重ねではだめで、複数のホームランが必要なのだという。
著者のケースにおいても、検察が出してきた証拠の日付とフロッピーディスクのプロパティの日付がずれていて、検察のストーリーが成り立たないことが弁護団から指摘されたことなど、複数のホームランがあったようだ。