ほとんどの被疑者が調書にサインしてしまう理由
大阪地検特捜部は、著者が“「凛の会」は偽の組織だと知っていながら、証明書の発行に便宜を図った”と決めつけて起訴したのだった。
大阪拘置所での取調べは昼過ぎから始まり、休憩や夕食を挟んで夜の一〇時まで続きました。最初の取調べで、遠藤検事から、いきなり信じがたい言葉を聞かされました。
「あなたは起訴されることになるでしょう」
初めから起訴ありきなら、何のために取調べをするのでしょう。
遠藤検事は、こうも言いました。
「僕の仕事は、あなたの供述を変えさせることです」
このひとことで、検察には真相解明をするつもりは微塵もないのだということがわかりました。彼らの頭の中には「やった」と言わせることしかないのです。(25ページより)
最初からストーリーができあがっており、その流れに沿うようにすべてが進められていったわけだ。これはこの事件に限らず、しばしば指摘されることでもある。「袴田事件」や、私が本連載でしばしば話題にしている「和歌山カレー事件」についても当てはまることだ。
「もしやっていないなら、『やってません』と主張すればいいではないか」と思われる方もいるだろう。しかし、それほど単純な話ではない。
ほとんどの被疑者が調書にサインしてしまうのは、接見禁止で外界とシャットアウトされているからです。事件について何も知らない状態の時、何が起こったのだろうと考える素材は、検事が喋ることしかありません。そのなかに自分が知っているのと違うこと、事実と違うことがいくつもあっても、誰とも連絡をとれないので確認のしようがありません。そのうちに、自分の記憶にどんどん自信がなくなっていき、勾留が長引くことへの不安と相まって、調書にサインしてしまうのです。(27ページより)