「グローバルな脅威」がもたらす大義名分
そして、このような状況は、地元政府にとっては欧米など諸外国から軍事的支援を受けやすくなるという状況を生じさせる。
もし地元の武装勢力が、外面も内面も純粋にローカルな武装勢力、すなわち特定の地域社会の不満や限定的な反乱に終始している存在であれば、欧米諸国の関心を集めることは極めて困難である。
欧米などの国際社会から見れば、一国の内政問題や局所的な治安悪化に対して、多大なコストを支払って軍事的に介入する動機は薄い。結果として、地元政府は自らの軍事力やリソースのみで、その武装勢力との対峙を余儀なくされることになる。
しかし、ローカルな武装勢力が欧米などと対立するグローバルなテロ組織との協調を選び、その名前を冠して活動することになれば、そこには単なる国内問題にとどまらない「ローカルかつグローバルな脅威」という二面性を持った新たな安全保障上の課題が生じる。
国際社会には、9.11同時多発テロや、2014年から2015年にかけてのISの黄金期という、極めて深刻な過去の教訓が存在する。これらの経験から、アルカイダやISなどに聖域、隠れ蓑を与えないことに国際社会は尽力してきた。
そのため、欧米などからすれば、ある地域の武装勢力がグローバルな要素を兼ね備える状況になれば、それを自国の安全保障に対する直接的なリスクとして捉える余地が生まれてくる。
その結果、その国の武装勢力を抱える地元政府に対して、軍事的な支援や情報共有、共同作戦を展開するための強力な大義名分が立ち、軍事的支援をおこないやすくなるという構造が生まれる。今回の米軍とナイジェリア軍の共同作戦も、こうしたグローバルな脅威に対する共同対処という文脈の上で成立している。
しかし、地元の武装勢力の根絶を長年目指した地元政府の場合、この状況は別の政治力学を働かせることになる。
財政的・軍事的な限界に直面してきた地元政府の場合、その武装勢力の持つグローバル性をあえて国内外に強調することで、欧米から極力多くの軍事支援を得られるという政治力学が働く。
武装勢力が世界的な脅威であるとアピールすればするほど、欧米からの軍事支援を最大化し、かつ継続的に引き出すというシナリオが見えてくるからである。そして、この対テロ作戦を巡る政治力学は、極めて深刻な課題を内包している。
地元政府が対テロという国際的な大義名分を盾にすることで、本来であれば政治的・社会的な対話や融和によって解決すべき国内の問題を不問にし、場合によっては少数民族や少数派の弾圧、人権侵害を助長させかねないという課題も見えてくる。