<「注意一瞬、事件一生」──リスクのリアリティーから目を背ける社会の危うさを考える>

私たちの日常を取り巻くリスクには、さまざまなものがある。なかでも、災害、事故、犯罪は、人に重大なダメージを与える代表的なリスクだ。こうしたリスクを最小限に抑えるための取り組みを「リスクマネジメント」という。そして、リスクマネジメントの基本は、「最悪に備える」ことにある。「備えあれば憂いなし」と言われるのも、そのためだ。

ところが、多くの日本人は、十分な備えをしないまま被害に遭ってしまうことが少なくない。では、なぜ備えないのか。危険があると分かっていながら、なぜ備えようとしないのか。

その理由は、「憂い」の欠如にある。

多くの専門家が指摘するように、「備えあれば憂いなし」の前に、「憂いなければ備えなし」という視点が重要である。つまり、人は不安や危機感を抱いて初めて、具体的な備えに向かうのである。

「犯罪機会論」から導き出された「地域安全マップ」

では、その「憂い」を生じさせるものは何か。その役割を担うのが、教育と報道である。

たとえば学校では、安全教育の一環として防犯教育が行われている。その一例が「地域安全マップ」だ。これは、犯行現場の「リアリティー」を研究する「犯罪機会論」から導き出された教育手法である。

地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を風景写真を使って解説した地図をいう。具体的に言えば、(だれもが/犯人も)「入りやすい場所」と(だれからも/犯行が)「見えにくい場所」を洗い出したものが地域安全マップである(写真)。

地域安全マップ
地域安全マップ(筆者撮影)

しかし、こうした教育に対しては批判もある。危ない場所を教えることは、実際に犯罪被害が発生した場合、「危険だと分かっていたのに、なぜそこへ行ったのか」と被害者を責めることにつながりかねないというのだ。

リアリティーを隠しがちな日本
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