【鈴木】 私はこれを「根拠のない楽観の終焉」と呼んでいます。バイデン政権は1期目のトランプ政権の政策を否定するどころか、むしろ強化した内容で私自身は「トランプ1.5政権」と表現しています。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に復帰することもなく、対中半導体規制も一段と強化しました。米国民の間に「中産階級を守るための通商政策」という強いコンセンサスがある以上、大統領が誰であろうとこの地経学的な流れは止まらないでしょう。日本企業はそれを前提に「リスクのポートフォリオ」を組み直しているように見えます。

日本企業には、ユニークな特徴があります。通常、たとえ政府が「地経学リスクがあるから中国依存を減らせ」と号令をかけても、企業は「安い方が利益が出る」と合理的に抵抗するものです。しかし、日本企業は総じてリスク認識が高く、政府が動く前に先回りして調達先の多角化を進めようとします。経済合理性だけを見れば、あえてコストの高い代替先を選ぶのは「損」に見えるかもしれません。

それでも日本の経営者は、地経学リスクを回避するために、自らコストを負担し、リスクポートフォリオを組み替えている。これは、短期的な四半期決算を重視しがちな欧米企業とは対照的な、長期スパンの視点と言えるでしょう。

【菊池】 それは同時に、「低成長の国内市場」という別のリスクの裏返しでもあります。確かに国内での完結で地経学リスクは低減するでしょう。しかしその一方で、市場規模の制約に直面します。実際、今、日本企業は海外売上高比率40%超という過去最高水準を維持しています。

結局、「国内に戻れば安全だが成長は望めない。海外に出れば成長はあるが地経学リスクがある」。この2つの制約のはざまで、日本企業は判断を迫られています。その際、これまでの効率性一辺倒から、多少のコスト増という平時の痛みを受け入れてでも、有事の断絶を防ぐ、いわば地経学的な「保険」をかけるフェーズに入っているのです。

半導体は経済と安全保障が交差する最前線。技術力、投資先、供給体制の選択が、企業と国家の競争力を大きく左右する

半導体は経済と安全保障が交差する最前線。技術力、投資先、供給体制の選択が、企業と国家の競争力を大きく左右する

インドという複雑なフロンティア。「地経学的ハブ」にできるか

【菊池】 サプライチェーンの「多元化」先として、近年よく名前が挙がるのがインドです。GLOBEでも、事業展開先有望国・地域ランキングで中国と長年トップ争いを続け、22年以降は4年連続で1位となっています。その潜在力は誰もが認めるところでしょう。ただ、実務の現場では「期待は大きいが、ビジネス上の課題も多い」というジレンマも根強くあります。

「不可欠性」を磨く、経済安全保障という戦略
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