※本記事は『JBIC Today』2026年4月号「地経学リスク時代の企業戦略」特集の1記事です。
経済を「最強の武器」に変える、地経学が揺さぶるサプライチェーン

【鈴木】 まず、私たちが立っている土俵を整理しましょう。伝統的な「地政学」は、地理的条件が国家間のパワー、特に軍事力による勢力争いにどう影響するかを分析する枠組みです。日本のように周囲を海に囲まれた島国は、外敵の侵入を直接受けにくい「海洋国家」であり、一方でロシアやドイツは、隣接する国々へ同心円状に勢力圏を広げようとする「大陸国家」である、といった分析になります。

地経学研究所長の鈴木一人さん/北海道大学公共政策大学院教授、米プリンストン大学国際地域研究所客員研究員、国連安保理イラン制裁専門家パネル委員などを経て、2020年から東京大学公共政策大学院教授、22年から地経学研究所長。英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了
それに対して、近年重要性を増している「地経学」は、その軍事力を「経済的手段」に置き換えたものです。そのパワーの源泉を軍事力ではなく、経済的な「不可欠性(他が代替できないものを持っていること)」に求めます。例えば、「特定の国しか持たない希少資源」や「代替不可能な技術」を握っていることが、他国を依存させ、それを武器として政治的目的のために使われる。
典型的な事例が、中国によるレアアースの供給網です。これを事実上独占し、他国が依存している状態を逆手に取っています。また、米国による同盟国を含むあらゆる国を対象とした一方的な関税措置も、相手国が自国の巨大市場に依存しているという弱みを突いた、地経学的な手法と言えるでしょう。
こうした状況に対抗するには、他国への依存を減らし、自国の「戦略的自律性」を高める動きが必要となってきます。経済的な「チョークポイント(供給網の結節点)」を握る力関係を分析し、「不可欠性」と「自立」のせめぎ合いを考えることが、地経学の核心部分となります。
【菊池】 現場の視点から見ても、経済の依存関係に付随するリスクが、経営課題の最優先事項になっていると痛感します。冷戦後の約30年間、企業はグローバル化を「リスクフリーな前提」として、経済合理性のみで判断してきました。2001年の中国の世界貿易機関(WTO)加盟を象徴として、世界は自由貿易体制をベースに最適化していけばよかった。コスト効率を徹底的に追求することが「勝ち筋」だったのです。
国際的なルールが機能し、自由貿易が続くという「土台」の上に経営判断を積み上げることができました。経営者は採算性や技術、法律面を考えればよく、国際情勢は一種の「定数」として扱うことができたわけです。しかし今、その土台自体が揺らいでいます。一言で言えば、「サプライチェーンの考え方の変化」です。安さよりも「安全性」を考えなければならない。これが経営判断の根幹を揺さぶっています。

JBIC常務取締役の菊池 洋/1991年、日本輸出入銀行(現JBIC)に入行。初代調査部長、経営企画部人事室長、審査・リスク管理部門長、企画部門長などを歴任し、2024年6月より常務取締役を務めている。リスク管理や企画運営の豊富な経験を生かし、経営全般の統括に従事している
