ジャオが映画の見せ場に『ハムレット』の上演を据えたのは、ハリウッドらしい判断だ。作家も普通は、舞台を中心に小説を組み立てたいと思うだろう。
しかしオファーレルは誘惑を退け、「母親は息子を亡くしてさぞ悲しんだろうが、大事なのはその死が文豪にインスピレーションを与えたことだ」とする見方にくみしなかった。(アグネスは通常、同名の女優が現在活動している「アン・ハサウェイ」として知られる)
悲劇が文豪に与えたもの
もちろん、いま私たちがこうして『ハムネット』を話題にしているのは、『ハムレット』が存在したからだ。
ペストが猛威を振るった16世紀のヨーロッパで、子供の死は日常茶飯事だった。だからこそ、研究者のスティーブン・グリーンブラットが2004年の評論「ハムネットの死とハムレットの創造」で指摘したように、シェークスピアが息子の死に着想を得て『ハムレット』を書いたはずはないと、一部の学者は主張する。16世紀の親は、子供の死をそこまで深く嘆かなかった。
シェークスピアの生涯に関する記録は極端に少なく、その身に起きた出来事をヒントに作品を読み解くのは難しい。グリーンブラットは「彼の心の動き──個人的な体験と観察が、作品で描かれる激情にどう反映されたのか──は謎に包まれている」と書く。
さらに息子を亡くした後で立て続けに喜劇を発表したことからも、シェークスピアがその時々に抱いた感情を作品で吐露したという短絡的な説は成り立たない。
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