テヘラン時間で午前1時を回ったところだった。私は客でにぎわうカフェにいた。水たばこが回され、人々は携帯の画面をスクロールしながら、低い声で話し、時々笑い声もはじけていた。次の瞬間、爆音がした。深く重い音。耳に届く前に床から骨にじかに伝わるような音だ。
会話は途切れ、人々は窓に目をやった。数秒間店内は静まり返り、その後再びにぎわいを取り戻した。
戦争が始まって1カ月余り。これが今のテヘランの日常だ。不安と打たれ強さが同居し、愛国主義感情が高まる一方で政府批判の声も聞かれる。そして誰もが口にするのは「終わりが見えない」という嘆きである。
今や敵の標的は軍事施設だけではない。住宅地も病院も大学も爆撃を受けている。戦争は日常生活の一部となり、人々は諦め半分で戦火をかいくぐって暮らしている。
その晩、友人のファルハングに近所の人から電話があった。近くで爆発があり、彼の実家の窓が割れたという。実家には60代後半の彼の母親が1人で暮らしている。父親は戦争が始まる数日前に亡くなったばかりだ。ファルハングは母親に電話し、落ち着かせようとした。雷だからね、テヘラン上空を嵐が通過しているんだ。母親は信じなかった。その晩は数時間ごとに爆撃が繰り返された。
戦争が始まった時点では、短期で終わると誰もが思っていた。アメリカの戦略はおなじみのロジックに沿ったもの。圧倒的かつ限定的な武力行使を行い、徐々にエスカレートさせれば、素早く政治的成果を引き出せる。数日間攻撃を続ければ、イランの譲歩は時間の問題だ──そんな読みである。イスラエルも国内の不満に外圧が加われば、現体制はあっけなく崩れると考えていたようだ。