<ポートランドの通勤電車内で人種差別的な暴言を止めようとした乗客2人がナイフで刺されて死亡する事件が発生。ヘイトクライムが頻発するアメリカで、善意の人たちが暴力を恐れて口をつぐんでしまう心配も>

9.11同時多発テロ後、ニューヨークの広告会社幹部が「何か見たら、声に出そう」というキャッチフレーズを考え付いた。ありきたりながらこのフレーズは人気になり、みんな冗談を言い合った。具体的に何を見たら何と言わなければならない? 正確には誰に? 「暗黙の責任」はひどくぼんやりして、しかも広範囲だ。

先月末、誰かが何かを言って、そしてそのために2人が死んだ。

オレゴン州ポートランド。朝の混雑した通勤電車内で1人の男が2人の少女に差別的な暴言を浴びせた。1人は黒人で、もう1人はヒジャブを着用していた。見兼ねた3人の乗客が止めに入ると、男は逆上。ナイフを振りかざし、3人の首を刺した。1人はその場で、1人は病院に搬送された後に死亡し、もう1人は重傷を負ったが回復に向かっている。

逃走した容疑者はその日のうちに逮捕され、身元を特定された。35歳のジェレミー・クリスチャン。強盗などの前科があり、過激な言動から白人至上主義者とみられていた。

テロやヘイトクライムが頻発する昨今であっても、この事件は人々の心に深く突き刺さった。見知らぬ人たちが狭い空間に押し込められる公共交通機関では、憎悪が暴発するリスクがあることも事件は思い知らせた。

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事件がポートランドで起きたことも象徴的だ。ポートランドは進歩的な都市として知られるが、過去に黒人を徹底的に排除した歴史があり、白人住民の割合が極めて高い。今回の事件では加害者も白人男性なら、加害者に立ち向かったのも白人男性。白人の良心が証明されはしたが、その代償はあまりに大きかった。

筆者が心配なのは、今後自分が同じような状況に直面したとき、差別に立ち向かうことをためらわないかだ。多くの善意の人々が暴力を恐れて口をつぐめば、憎悪に駆られた連中はさらに傍若無人になる。人種的、宗教的、性的マイノリティーはいつ襲撃されるか分からないという不安に怯えることになる。

これはアメリカ社会の外から来る脅威ではなく、内部で生まれる脅威だ。命を奪われるリスクを思い知らされた今、私たちは差別に立ち向かえるか。