【なぜ、そこまで自分を追い込むのか?】

9年連続の世界選手権出場、3度の優勝という圧巻の戦績も、稲田さんに言わせれば「完走を勝利としたら3勝6敗」。6敗はタイムオーバーなど無念のリタイアだ。

次にめざす勝利は、90歳代以上のカテゴリーでアイアンマン世界選手権完走である。そのために筋肉と骨を維持する毎日のトレーニングも欠かさない。

1週間のうち月・水・金は、所属するトライアスロンクラブのチームトレーニングに参加する。早朝4時半起きで自宅を出て、水だけ飲んで朝食抜きのままクラブのプールで6時から7時半まで3500mを泳ぐ。自宅に戻り、朝食を済ませてからバイク練習へ。

自主練習の火・木は朝8時にラン10km。夕方5時からスポーツジムのプールで2000m泳ぐ。土曜日は本番のレースと同じ順番でスイム、バイク、ラン。日曜も休まずにバイクとランをこなす。

これが基本の練習メニューだが、バイクの練習では地図を見ながら初めての土地を走ったりすることもある。

「バイクを100km以上走る日は、自宅を出発して帰ってくるまで5時間以上かかるんです。僕はペースが遅いし、途中で好物の鰻を食べるために寄り道したりもするからね(笑)」

雨の日はランとスリップする危険があるバイクは中止。ランの代わりに傘をさしてウォーキングをする。「のんびりできない性格」に加えて、「雨だから休養」という発想もないのだ。

クラブ合宿は、さらにハードだ。バイクの練習では180kmという長距離を走る。稲田さんは学生からオリンピック選手までさまざまなトライアスリートと一緒に、雨や風や雪などの天候に関係なく、ランやバイクの練習をこなさなければいけない。

「悪天候の日はそれに適応した走り方をすることがトレーニングになるんだけれど、真冬の雨や雪の日は寒くて寒くてどうしようもない。足はつりまくるし、ただただつらいです」

老後はゆっくり暮らしていきたいという人も多いだろう。ここまで自分を追い込むのは、それだけ得られるものや達成感があるからなのだろうか。

稲田さんは「そんなの、ないよ」と即答する。

「練習がハード過ぎて、走り終わったあとは『やっとこれで寝られる』としか思わない。でも、僕にはこれしかやることがないからね」

【91歳の超人的な肉体を作る「驚きのメニュー」】

トライアスロンを始めて3カ月後、最愛の妻を看取った。稲田さんが70歳のときだ。それから、より深くトライアスロンに没入していく。理由は2つ。

「結局それしかやることがないということと、トライアスロン自体が楽しいことだったから」

当時は70代でトライアスロンの大会に出場する人は誰もいなかったという。だから大会側が稲田さんのために「高齢者賞」や「特別賞」などを設け、トロフィーも授与された。年下の選手たちに讃えられ、大会で再会する仲間も増えていった。

稲田さんは、妻が亡くなって以降、ずっと一人暮らしをしている。孤独とも違うが、趣味の合う妻と山登りや旅行を楽しむ時間がなくなり、今は目の前のことに打ち込むことで日々を充実させている。

自分がどこまでいけるのかを突き詰める