そして、外国籍住民に地域社会の一員たる自覚と誇りを持ってもらうためには、行政について意見表明をする機会を与えることは重要な手段となるだろう。将来的には投票権のみならず、参政権そのものについても検討が必要だと思う。

ドイツの失敗に見習うべき

外国籍住民の包摂の必要性については、80年代までの西ドイツの失敗が反面教師となるだろう。高度経済成長時代に大量の外国人労働者を受け入れた西ドイツは、かれらを移民として処遇することを長く認めず、外国籍住民の増加に伴う問題を放置し続けたため、建て前と実態の剥離によって、深刻な社会の分断を生み出してしまった。

ドイツでは80年代から90年代にかけて、外国籍住民への生活サポートや権利付与が充実してくるが、それでもなお問題は残る。もっと早く外国籍住民の定住という実態を認識し、その包摂に動いていれば、問題が深刻化する前にソフトランディングできただろう。

多様な人々、多様な文化がいま目の前に存在しているという現実を認めず、純粋な国民、純粋な文化という幻想に固執する社会は、あとで必ずそのツケを払うことになる。日本社会は好む好まざるに拘らず、多様なルーツをもつ人々との共生へと進んでいく。外国籍住民に対する投票権付与は、その長いプロセスの一歩にすぎないのだ。

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