外国人参政権の話題になると、即座に「国(自治体)が乗っ取られる」という妄想のような意見が寄せられる。しかしそのような意見は、大抵が上述のような実行手段の困難さが全く考慮されていない。また、先行して住民投票条例を可決した自治体でも、そのような現象が起こっていないということからも、地域を乗っ取られるという思考には根拠はないのだ。

ホラー小説化する外国人嫌悪

一般論として外国人参政権は自明な権利とはいえないので、その拡大には個別の議論が必要だ。しかし外国人参政権を「外国人に国を乗っ取られる」という理由で一律に否定するような外国人嫌悪(ゼノフォビア)は、マジョリティの過剰な防衛本能に由来すると考えられる。

クトゥルー神話で有名なホラー作家ラブクラフトは、人種差別主義者であったことが知られている。彼の小説に登場する半魚人のようなグロテスクな生き物たちは、20世紀前半のアメリカに大量に流入してきた移民への恐怖がモチーフになっていると読み解くこともできる。マジョリティにとって外国人はホラーであり、そのような心理が前提にあるから、「国を乗っ取られる」というようなホラー小説じみた非合理的な妄想も直感的に受け入れることができてしまうのだ。

しかし現実は、マイノリティのほうこそ、こうした外国人嫌悪が誘発するマジョリティの暴力に怯えている。この暴力を現実化させないためにも、外国人参政権について議論する場合は、まずはマジョリティの恐怖から来る非合理的な妄想は取り除いてから行う必要がある。

外国籍住民の増加という現実への対応を

外国籍住民への投票権付与は、かれらを地域社会へと包摂するためにも役立つ。

地域差はあるにせよ、自分が住む地域に外国籍住民がいる、という状況は、現代の日本ではまったく珍しくなくなっている。一方で入管問題や技能実習生の問題など、外国人の人権がほとんど顧みられていない現状があり、意識と制度の両面での改善が必要になっている。

現在はコロナ禍の入国規制で外国人の新規入国が止まってはいるが、日本政府は特定技能制度の拡大によって家族を含む外国人労働者を増加させる方針を示している。外国人にとって現在の日本に移民を検討するだけの魅力があるかはともかく、日本側からみれば、少子化が止まらない以上は社会を維持するために国を開いていかなければならない。このトレンドには、しばらく変化はないだろう。

そうであるならば、外国籍の住民の権利を守り、かれらをいかに包摂していくかが マジョリティたる日本市民の責任となる。子どもの教育や言語など生活面のサポートも考える必要もあるだろうし、日本社会が多様性を認めるよう変化する必要もある。

外国籍住民の包摂は時代の流れ
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