ファミリードラマと並行して本作には、組織の一部として勤勉に働くヘスの日常も描かれる。昇進や異動、部下の掌握や上司からの評価。ベルリンに栄転が決まるが引っ越しを嫌がる妻。やむなく単身赴任。

......今の会社や役所で働く人たちの日常と何も変わらない。違うのは業務内容だけ。目的は殺戮なのだ。ならば、現在の兵器産業で勤勉に働く人たちと彼らは何が違うのか。処刑される直前にヘスは、「私はそれとは知らず第三帝国の巨大な虐殺機械の一つの歯車にされてしまった。その機械も既に壊されてエンジンは停止した。だが私はそれと運命を共にせねばならない。世界がそれを望んでいるからだ」と手記に残した。

善と悪は対立しない。入り交じっている。だからこそ被害と加害も簡単に反転する。でも人はそれを学ばない。悪の存在を求める。自分を正義や善の側に置くために。

こうして今、かつて殺戮されかけた人たちが殺戮する側に反転したパレスチナ自治区ガザの現在を塀の向こう側として、僕たちはこれまでと同じように、グルメやエンタメや家庭菜園に熱中する日常を送っている。

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『関心領域』(日本公開中)

監督/ジョナサン・グレイザー

出演/クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー

©TWO WOLVES FILMS LIMITED, EXTREME EMOTIONS BIS LIMITED, SOFT MONEY LLC

AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2023. ALL RIGHTS RESERVED.

<本誌2024年6月25日号掲載>

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