<名作『マウス』を、米テネシー州の教育委員会が禁書に指定したが、女性のヌード描写などを理由に歴史的な罪を伝えない決定は正当なのか>

ナチスドイツはユダヤ人などの大虐殺や近隣諸国への侵略を行う前、まず表現・思想の自由を抹殺しようとした。その代表的な手段は公共の場で書物を焼却する「焚書(ふんしょ)」だった。

風刺画ではその恐ろしい歴史が再現されている。本を燃やしているナチス将校の1人はWhat if a Holocaust survivor’s son decides to write a graphic novel?(ホロコーストの生存者の息子がグラフィックノベル〔長編コミック〕を描いたらどうする?)と、自分たちの罪が後世に伝わることを恐れているようだ。

もう1人はRelax... The Tennessee school board will have our back!(大丈夫。米テネシー州教育委員会が守ってくれるぜ)と、安心している様子だ。

作者の親の実体験を基にしたグラフィックノベルの『マウス──アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』(邦訳・晶文社)はピュリツァー賞も受賞した素晴らしい作品。1人目の将校の心配は妥当だ。だが最近、テネシー州マクミン郡の教育委員会がこれを禁書に指定したのも事実。ナチスの罪は子供たちに伝わらないという、2人目の安心も妥当のようだ。残念ながら。

教委の本当の狙いは歴史を隠すことではない。禁書の理由として挙げられたのは、作品に登場する8つの不適切な言葉と女性のヌード描写だ。きれいな言葉遣いで虐殺の話を! 罪は野放しでもいいから、裸は隠せ! という方針のようだ。

ちなみに、同作の中ではナチスが猫、ユダヤ人がネズミとして描かれているので、風刺画もそれに倣っている。普段だったらここでダジャレでも入れたくなるけど、題材が重いので、我慢しマウス!

規制対象はかつてのナチスと同じもの

学校や公共の図書館から特定の本を排除する動きはテネシー州だけではなく全米で加速している。特に狙われているのは性的な内容、性的指向、ジェンダーの自己認識などに関する書物。保守的な保護者グループは、校則や法律によってこれらを禁じ、違反した図書館員に刑事罰を科すことを呼び掛けている。

不思議にも、表現の自由の象徴である書物を自由に閲覧させたくないそんな組織の代表格はMoms for Liberty(自由を推進するママたち)と名乗っている。皮肉だね。

実は、ナチスドイツで最初に起きた大規模な焚書も、同性愛やトランスジェンダーなど、性的な内容に関する書物を標的にしていた。それからユダヤ教徒のもの、反戦主義のもの、ドイツを批判するものなどへと禁止の領域を拡大させた。そんな歴史は繰り返される前に打ち止めにしたい。

ちなみに『マウス』は、話題性と禁書指定への反発からいまバカ売れしているようだ。どうか、僕の本も禁じていただけないかな......。

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