震災を見つめる10の視点
Photographs by
38°13'6" N 140°58'18" E 「New Moon」東川哲也 ©Tetsuya Higashikawa
東日本大震災の発生からやがて2年。あの未曾有の災害も、人々の中で少しずつ記憶の彼方に過ぎ去っているようにみえる。人が生きていくうえでときに忘却は必要だ。しかし、3・11の記憶は風化させてはならない。災害や被災地への関心を薄れさせないために、あの日の出来事をもう一度考えてみるためにーーさまざまな視点から震災をとらえた写真展、映画、書籍を紹介する(各展覧会の日程や場所、書籍などの詳細は、リンク先の主催者や出版社のウェブサイトをご覧ください)。
1、本質の追求
写真展「New Moon」東川哲也 *上のスライドショー①②③
東川哲也はニュース雑誌の仕事で被災地を撮影していた新月の夜、衝撃に襲われる。夜空を照らす月の光さえなくした東北の地は、想像をはるかに超える暗黒の深淵に落ちていた。報道写真とは違う視点で記録を残そうと、東川は1年間にわたり新月の夜を選んで海岸沿いの道路に立った。「震災の本質は見えているものだけでは語れない。闇に覆われ、見えなくなった状態もまた震災の本質であると思い、それを『可視化』した」という。
写真展では、東川が撮影時、闇の中に浮かぶカメラの液晶画面上で再生された画像に心を動かされた体験を表現するため、写真をアクリル板に直接印刷し、LEDバックライトパネル(作品の背面からLED照明をあてる方法)を使用して展示されている。東京・南麻布のエモンギャラリー「EMON AWARD 2012グランプリ受賞展」の中で3月26日まで。<本誌3月5日号掲載>
2、次世代への伝言
写真集「『あの日』、そして これから」(ポプラ社)高橋邦典 ④⑤⑥
仙台出身の写真家 高橋邦典が2011年に出版した写真絵本「『あの日』のこと」(ポプラ社)の続編で、被災者の生活を切り取った写真と彼らの言葉を綴った写真集。小学生向けに漢字にはふりがなをつけ、震災を次世代に伝える。
「2012年2月、 震災直後に撮影した被災者の方々に再会するため、僕は再び自身の故郷、宮城に戻った。瓦礫が片付き、避難所の人々が仮設住宅に収まったことで、表向き落ち着きを戻しつつあるかに見える被災地だったが、その影にはまだ多くの問題が潜んでいた。世間の記憶が薄れかけるいま、彼らの「言葉」を伝えることの大切さを新たに実感した」と高橋は語る。
3、先人たちの記録
写真展「夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史 [北海道・東北編]」 ⑦⑧
日本の美術館、博物館、資料館などの公共機関が所蔵する幕末~明治期の写真・資料を調査し体系化する初めての試み「知られざる日本写真開拓史」の4回目にあたる北海道・東北編。その中で、明治時代の天災記録写真「三陸津波写真」(宮内幸太郎撮影)などを展示し、報道写真の原点とも言える記録や伝達の観点から撮影された写真を掘り下げる。
写真展は東京・恵比寿の東京写真美術館で5月6日まで開催され、4月6日には特別パネルディスカッション 「明治期天災記録写真と写真技術」が行われる。
4、現代の記録
写真集「マイティ・サイレンス(Mighty Silence)」(伊スキラ社) 半田也寸志 ⑨
ファッションを中心に活躍してきた半田也寸志がプロの写真家として未曾有の災害に向き合うためにとった手法は、6050万画素の極めて高画質の撮影機材で記録することだった。
一言で「瓦礫」と呼んでしまうが、すべては被災者たちが大切していた所有物だった。人間の目の限界を超えた解像度で記録された写真は、甚大な被害をストレートに伝えると同時に、記憶として深く刻まれる。21cm x 31.2 cm、276ページの大型本で、日本国内での販売と問い合わせ先は半田也寸志写真事務所まで。
5、日常を失った「日常」
写真集「FUKUSHIMA×フクシマ×福島」(新日本出版社)郡山総一郎 ⑩⑪⑫
原子力発電所の事故が外国に広く報道されたことで、日本国内で福島が「FUKUSHIMA」や「フクシマ」と表記されるようになった。まるで以前の福島とは違う、分離され遠くへ追いやられた全く別の土地であるかのように。しかし、酪農家、会社員、原発作業員ーー人々の暮らしは「福島」で続いている。事故発生時から地道に取材を続ける写真家の郡山総一郎がリアルな福島を伝える。
6、調査と再検証
書籍「あのとき、大川小学校に何が起きたのか」(青志社)池上正樹 加藤順子
宮城県石巻市の大川小学校では、全校児童108人のうち74人を失った。学校管理下で突出した数の犠牲を出したのはなぜか。
日頃慣れ親しんでいた裏山に逃げようと子供たちは懸命に訴えたが聞き入れられず、50分間校庭に待機し続けたの理由とはーー情報開示請求による膨大な資料、遺族や地域の人たちの取材を通して、原因や責任の所在を明らかにできない組織のあり方を問う。先月になり、ようやく第1回大川小学校事故検証委員会が開かれて、さらに注目を集めるルポルタージュ。
7、映らなかった現実
書籍「遺体―震災、津波の果てに―」(新潮社)石井光太
映画「遺体~明日への十日間」 君塚良一監督
東日本大震災当時、数々の報道の中でもほとんど映されることのなかったのが「遺体」、そして遺体安置所の壮絶な状況だ。次々と運び込まれる遺体、家族を探す人々、必死に検案・検歯作業を続ける医師や歯科医師、足りない柩......。
その現実を描き出したのが、映画『遺体~明日への十日間』(君塚良一監督、全国公開中)。フィクションだがドラマを作りすぎることなく淡々と当時の出来事を追うがゆえ、見続けるのが辛いと感じる人もいるだろう。君塚の「忘れたいと思っている被災者や遺族の傷口をこじ開けることになるかもしれない、でもこの作品を撮らなければならない」という覚悟が伝わってくる作品だ(写真クレジット:『遺体〜明日への十日間』全国公開中 配給:ファントム・フィルム©2013フジテレビジョン【本作の収益は被災地に寄付致します】)。
舞台は岩手県釜石市の廃校となった中学校に設置された遺体安置所。西田敏行、佐藤浩市、志田未来ほか実力派俳優が集まった。
映画『遺体~明日への十日間』の原作は、ジャーナリストの石井光太による『遺体―震災、津波の果てに―』(新潮社)。釜石市の遺体安置所に関わった50人以上に取材し、おびただしい数の死者に生き残った人々がどう向き合ったかを見つめている。
8、不屈のジャーナリズム
企画展「再生への道ー地元紙が伝える東日本大震災」
自らも被災をしながら震災報道を続けてきた岩手日報、河北新報、福島民報、福島民友新聞の東北地方4紙の紙面や号外、写真など180点を展示して2年間を振り返る。また、復興への課題、被災地の現状、再生に向けた取り組みに焦点を当てて、その中で報道が果たす役割を浮き彫りにする。
神奈川県横浜市の日本新聞博物館で3月9日〜6月16日まで。
9、次世代の眼
写真新聞「3/11 キッズフォトジャーナル 2013」 キッズフォトジャーナル
被災地に暮らす小・中・高校生29人がカメラを構えて、母校や家族、街の様子を切り取る。本当の復興を見届け、伝えられるのは彼らの世代になるのだろうか。いつか再びやってくる災害への警告は彼らの子や孫たちにも伝わるだろうか。岩手、宮城、福島の各県版があり、それぞれがタブロイド版の16ページ、写真を大きく使ったレイアウトが特徴的だ。
「3/11キッズフォトジャーナル2013写真展」は東京・曳舟のリマインダーズ・フォトグラフィー・ストロングホールドで3月9日〜4月7日まで行われる。
10、再生へ
写真展「2013年ニコンサロン特別企画展 Remembrance 3.11」 ⑬⑭
昨年に引き続き開催される企画展。「Remembrance」とは、記憶や回想だけではなく追悼や形見という意味も持つ。そして想い出すことが現在をつくりだすことを示し、写真の本質とも重なる。日本人の誰もが記憶し語りつづける震災の意味を、再生への手がかりとして展示と対話から浮かび上がらせる。今年は北島敬三の「PLACES」が展示される。
東京・銀座のニコンサロンで3月13~26日まで開催。
東日本大震災の発生からやがて2年。あの未曾有の災害も、人々の中で少しずつ記憶の彼方に過ぎ去っているようにみえる。人が生きていくうえでときに忘却は必要だ。…