文字資料による調査のこれまでのやり方だと、学校の年史のような公的刊行物などの「表向き」の史料に頼るほかなく、「現場」での個々の受容の局面をとらえようという問題意識をもったとしても、史料を見つけられずに断念せざるをえないことが多かった。
「全文検索」という強力な機能は、もちろんこれですべてを把握できるとまではいかないにせよ、これまでなかなか触れることのできなかった文化の新しい景色を垣間見る可能性を提供してくれたのである。冒頭で「人文学のあり方を決定的に変えてしまう力」と書いた所以である。
と、ここまで書いてふと考えた。あらゆる情報を拾い集めた膨大なデータベースで学習し、それを武器に、そこから必要なものを引き出しまとめてゆくこのやり方、生成AIと同じではないか。
「人文学のあり方を決定的に変える」というのは知のあり方の生成AI化というオチに過ぎないのか。自分の脳味噌が少しばかりサイボーグ化されてしまったような、そんな感覚に陥った。
渡辺裕(Hiroshi Watanabe)
1953年生まれ。東京大学文学部卒業、同大学大学院修了。玉川大学文学部助教授、大阪大学文学部助教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授、東京音楽大学教授などを歴任。専門は音楽社会史、聴覚文化論。著書に『聴衆の誕生』(春秋社、サントリー学芸賞)、『日本文化 モダン・ラプソディ』(春秋社、芸術選奨文部科学大臣新人賞)、『歌う国民──唱歌、校歌、うたごえ』(中公新書、芸術選奨文部科学大臣賞)、『校歌斉唱!──日本人が育んだ学校文化の謎』(新潮選書)など。
『アステイオン102』
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CEメディアハウス[刊]
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