つまり、政治が推し進める「理性」を礎とする国家の再建と戦争の傷が根深く残る現実との間に大きなギャップが存在し、これがシュルレアリストたちの西洋文明批判の意識を醸成したのである。
過去のシュルレアリスムとセクシャリティに関する研究を踏まえつつ、ライフォードは、シュルレアリスムの芸術の重要なポイントとして、戦争が人間に及ぼした肉体的、精神的なトラウマを表現しようとする意志、そして、戦後のフランスが国家再建のために重要視した「家族」の概念を固めるためのジェンダーロールに対する揺さぶりを強調する。
そして、 傷痍軍人の身体イメージから想を得て、シュルレアリストたちが第一次大戦後の国家再建を貫く「男性性(マスキュリニティ)」に関するレトリックをいかにして攻撃しようとしたのかを検討する。
傷ついた兵士の身体が示す「強固な男性」というイメージの瓦解。『ガール・ウィズ・ニードル』はさらに「血縁」と「家族」というテーマにも鋭い考察を向ける。
フェミニズムが課題として取り組んできた様々な問題を重層的に織り込み、光と影を巧みに用いたモノクロの美しい映像の中に響かせる。第二次世界大戦終結から80年を迎える今年に見るべき1本である。
山田由佳子(Yukako Yamada)
一橋大学大学院言語社会研究科博士課程単位取得退学、博士(学術)。専門は西洋美術史。特に20世紀前半のフランスの絵画における戦争表象を研究。「クリスチャン・ボルタンスキー-Lifetime展」(2019年)ほか20世紀以降の西洋美術に関する展覧会を企画。「第二次世界大戦期のフランスの絵画における傷ついた身体:ジャン・フォートリエとオリヴィエ・ドゥブレの絵画についての考察」というテーマでサントリー文化財団2014年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。
Surrealist Masculinities : Gender Anxiety and the Aesthetics of Post-World War I Reconstruction in France
エイミー・ライフォード[著]
カリフォルニア大学出版局[刊]
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