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戦争は「男性性」を崩壊させてきた?...映画『ガール・ウィズ・ニードル』とシュルレアリスムに見える傷病兵の姿

2025年10月08日(水)11時00分
山田由佳子(国立新美術館主任研究員)
第一次世界大戦 ヴェルダンの戦いで自軍の鉄条網を這って突破し、敵の塹壕を目指すフランス兵

第一次世界大戦 ヴェルダンの戦いで自軍の鉄条網を這って突破し、敵の塹壕を目指すフランス兵 Everett Collection-shutterstock


<戦争の経験を「妊娠」「出産」を軸に女性視点で描き出す戦慄のデンマーク映画は、「強固な男性」イメージの瓦解をも表現している>


マグヌス・フォン・ホーン監督による『ガール・ウィズ・ニードル』(Pigen med nålen 、日本では2025年5月16日公開)は、2024年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、同年度の第97回米国アカデミー賞の国際長編映画賞(デンマーク代表)の候補になるなど、高い評価を得た作品である 。


映画『ガール・ウィズ・ニードル』予告編


舞台は、第一次世界大戦後のデンマーク(劇中では1922年)。1915年から1920年の間にデンマークで実際に起きた連続殺人事件から想を得たものだ。

ストーリーは、戦場に行った夫と連絡が取れなくなった若き女性カロリーネの視点を軸に進む。生活に困窮した彼女は、勤め先の上司と恋愛関係になり、妊娠する。しかし、その関係は続かず、極限の状態に追い込まれた時に菓子店を営む中年の女性ダウマと出会う。

やがて、ダウマ、そして彼女の「娘」と思しき少女との共同生活を営む中で恐ろしい現実に直面する。

本作は戦争の経験をフェミニズムから語る試みの一つである。戦闘場面や戦場そのものを描くことはせず、「妊娠」と「出産」を軸に(本作の物語では、それが幸福な出会いとはないが)「シスターフッド」も織り交ぜ、戦慄の物語を女性たちの置かれた社会的な構造の問題として語る。

さらに、この映画がフェミニズムによる戦争の語りとして評価できる点は、女性のみならず、男性の描き方にも認められる。

カロリーネの夫ピーターは、その帰りを彼女が諦め、別の男性と関係を持ち始めた矢先に戦場から戻ってくる。彼は、命はとりとめたものの顔面に大きな傷を残し、その傷を覆い隠すマスクをしてカロリーネが職場から出てきたところに現れたのであった。

新たなパートナーを見つけたカロリーネは、戦前と同じ生活が望めないピーターを疎ましく思い、残酷で暴力的な態度で別れを一方的に告げる。

第一次大戦では、大砲を用いた戦闘で膨大な数の兵士たちが身体的、精神的な傷を負った。

塹壕で瞬時に身体が解体される様子は、例えばドイツの作家エーリヒ・マリア・レマルクが『西部戦線異状なし』(秦豊吉訳、新潮社、1955年、原著初版は1929年)で描き、近年もドイツで再映画化 されたことは記憶に新しい(こちらは2022年度第95回米国アカデミー賞の国際長編映画賞を受賞)。


映画『西部戦線異状なし』予告編


一方で、当時の発達した医療技術によって、大きな怪我を負った兵士たちは、傷跡を残しながら再生させられた。

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