アステイオン

映画

戦争は「男性性」を崩壊させてきた?...映画『ガール・ウィズ・ニードル』とシュルレアリスムに見える傷病兵の姿

2025年10月08日(水)11時00分
山田由佳子(国立新美術館主任研究員)

1980年代以降、こうした負傷兵の表象に関する美術史の研究が欧米で進んだ。

アメリカの美術史家のエイミー・ライフォードの『シュルレアリスムの男性性(マスキュリニティ):ジェンダーの不安とフランスにおける第一次世界大戦後の再建の美学』〔Surrealist Masculinities : Gender Anxiety and the Aesthetics of Post-World War I Reconstruction in France〕(Univ of California Press, 2007)は、第一次世界大戦と男性性(マスキュリニティ)を問う視点からシュルレアリスムの芸術を精緻に論じ、その視座は、これまでのフェミニズム批評の成果を取り入れたものだ。

シュルレアリスムとは、1924年にフランスの詩人のアンドレ・ブルトンが発表した「シュルレアリスム宣言」によって本格的に始まり、日本も含め世界的に展開した芸術運動である。

無意識に関するジークムント・フロイトの研究に多大な影響を受け、西洋近代文明を支えてきた理性に対する信頼を批判した。

そうした思想を表現するため、シュルレアリスムの作品ではそれまでにない、多様なイメージが展開されたが、その大きな特徴の一つが身体やイメージの断片化と接合である。

実は、ブルトンと、シュルレアリスム運動の創始メンバーのもう一人詩人のルイ・アラゴンは、医学を学び、1917年に傷痍軍人の治療とその再生を担っていたパリのヴァル・ド・グラス病院で出会っていた。

この病院のアーカイヴ記録では、顔面負傷の再生術に関する模型や写真、また、四肢を失った兵士たちが、義肢や義足を装着することでいかに社会復帰できるかを示している。この身体の再生には、第一次大戦で荒廃したフランス社会の戦後の再建という理想が重ねられていた。

1919年の11月に保守の右派による連立政権が発足すると、社会・経済的に推進されたプログラムは、家族に関する伝統的な価値観への回帰を奨励した。多産と女性の家庭内での子育ての奨励、そして、男性は農業や工業の分野で労働に勤しむべきであると喧伝されたのだ。

こうした性役割分業を基礎とする国家観が広められる一方で、町には負傷兵があふれていた。1914年から17年まで続いた戦争によって、フランスでは400万人以上の傷痍軍人が残されたという。

また、帰還した兵士たちの多くが、いわゆる「シェルショック」(PTSDの一種) やヒステリーに苦しんでいた。

PAGE TOP