酒を飲むことが「仕事」だった時代があった、「酔わない身体は努力次第」だった
「アルコールに強くなるための訓練」が行われた
特筆すべきは、都市の勤め人たちの間で「大酒しても酔わない」ことが重要視されたという事実である。「酔わない身体は努力次第で獲得できる」ものと信じられていて、男性勤労層の間では「アルコールに強くなるための訓練」が行われていたわけだ。
その手の訓練は大学生の間でも行われていた気がするが、いずれにしても「鍛える」ことに大きな意味があった(と信じられていた)のだ。
関連して興味深いのは、1950年代初め、盛田昭夫が営業担当常務を務めていた時代のソニー営業部門の飲酒特訓についてのエピソードである。
そのころ、〔ソニーが新規市場開拓をめざしていた〕テープレコーダーは、まだ高価であり、放送局、官庁、会社、学校など、公共企業体が大きなおとくい先であった。いきおい、相手先の担当者と酒を飲む機会が多くなる。したがって、酒を飲めること、酒に強いこと、酒に呑まれないことなどが、営業部門のリーダーとして不可欠の要件であった。ところが当時、〔営業のチーフ候補であった〕倉橋〔正雄〕氏は、酒が一滴も飲めなかった。「これじゃ、営業マンのリーダーはつとまらんぞ」と、判断した盛田氏は、倉橋氏を自分の後継者に育てようと決意したその日から、毎晩、小料理屋に連れ出し、「飲むこと」を教えはじめたのである。
(沢田久男『戦うプロジェクトチーム』)(94〜95ページより)
今なら「アルハラ」として問題視されそうだが、余談ながら私も、こういった風潮を(傍観者としての)実体験として記憶している。





