世界もあきれ果てる「ハーバード潰し」...トランプが失墜させる「アメリカン・ブランド」と、その代償とは?
Making America Dumb Again

政権の圧力が強まるなか、5月末の卒業式に集まったハーバードの学生ら SPENCER PLATT/GETTY IMAGES
<自分に逆らう大学を本気でつぶしにかかるトランプだが、ハーバードを敵に回す「代償」はあまりにも大きすぎる...>
米ハーバード大学への締め付けを強化しているトランプ米政権は、助成金の支給停止や総額1億ドルに上るハーバード大学と政府機関の契約打ち切りに加え、留学生の受け入れ資格を取り消すという前代未聞の措置に出た。
これに対し大学側は即座に訴訟を起こし、連邦地裁は政権の措置の一時差し止めとその延長を命じた。
■【動画】2025年5月、「ハーバードの価値を世界に届けてほしい」と卒業式で述べるガーバー学長 を見る
法廷闘争に発展したトランプ政権vsハーバード大学の対立は、国際社会におけるアメリカの評判に修復不能のダメージを与えかねない。
私はここ10年ほど、毎年ハーバードのサマースクールでグローバル化をテーマに講義を行ってきた。ハーバードの学生に占める留学生の割合は27%ほどだが、私のクラスは留学生の比率が突出して高い。
新興国の出身者が多くを占める留学生は講義内容の充実に大きく貢献している。それぞれの国の現実を知る彼らの洞察が活発な議論と深い学びを可能にするからだ。留学生がいなければ、議論は盛り上がらず、学生たちの視点は広がりを欠いてしまうだろう。
長い歴史を通じて、ハーバードをはじめアメリカが誇る数々の高等教育機関は留学生を積極的に受け入れてきた。それは単なる利他行為ではない。留学生はアメリカに大きな利益をもたらしてきた。
その1つは民主主義の推進だ。大学は財界のリーダーを育てるだけではなく、学生たちが民主主義の価値を学ぶ場でもある。留学生、特にOECD(経済協力開発機構)未加盟の途上国の出身者は、アメリカの名門大学を卒業すると、帰国後に母国の政治的なリーダーになるケースが多い。
ソフトパワーに大打撃
彼らの指導下で権威主義的な国々の民主化が進むことは、私の調査でも確認されている。西側の大学で学び、帰国後に指導的役割を果たす若者たちの多くは、キャンパス内外での交流を通じて民主主義の価値を知り、それを母国に持ち帰る。彼らはまた高度な教育を受けたおかげで、母国の経済的な発展にも貢献する。
いい例がリベリアのエレン・サーリーフ元大統領だ。彼女はハーバード大学ケネディ行政大学院で学び、帰国後は選挙で選ばれたアフリカ初の女性国家元首として2006〜18年に政権を運営。女性の活躍を支援し、非暴力による民主化推進と平和構築の業績を評価され、11年にノーベル平和賞を授与された。
第2に、留学生の受け入れはアメリカのソフトパワーの強化につながる。ソフトパワーは、最近亡くなったハーバードの政治学者ジョセフ・ナイが唱えた概念だ。アメリカをはじめ西側諸国は武力に頼らず、文化や価値観で人々の「心」を捉え、世界に影響を及ぼせると、ナイは論じた。
ハーバードはアメリカの高等教育機関を代表するブランドの1つであるだけでなく、アメリカそのものを代表するブランドの1つでもある。
総じてアメリカの大学の評判は高く、英評価機関による「QS世界大学ランキング」の上位25校のうち、10校をアメリカの大学が占めている。
世界140カ国余りの国々からハーバードに留学生が集まるのはなぜか。学術レベルに対する高い評価と医学から経済まで幅広い分野における世界をリードする研究実績。それらが強力な磁力となり、最優秀の頭脳と切磋琢磨して成長したいと望む意欲的な若者たちを引き付けるのだ。
もう1つ注目すべきは、留学生がもたらす経済効果だ。アメリカの名門大学を卒業し、そのままアメリカに残る留学生は数多い。彼らは起業家になるか、テック大手などの企業の最先端分野で活躍し、アメリカの労働市場における優秀な人材の不足を補う。
常軌を逸した「いじめ」
米企業の上層部には留学生としてアメリカに来た人が大勢いる。南アフリカ出身でペンシルベニア大学で学んだテスラのイーロン・マスクCEOもその1人。マイクロソフトのサトヤ・ナデラCEOは、シカゴ大学でMBAを取得した元インド人留学生だ。
全米政策財団の報告書が示すように、アメリカの大学で学んだ元留学生は企業価値10億ドル以上の米企業の創業者の約25%を占めている。
さらに全米国際教育者協会(NAFSA)のデータによれば、アメリカの大学の留学生は「23〜24年度にアメリカに438億ドルの経済効果をもたらし、37万8000人余りの雇用を支えた」という。
だがトランプ政権は、こうしたデータを考慮しそうにない。ドナルド・トランプ大統領とハーバードとの闘いは権力闘争と化していると、英誌エコノミストの米国エディター、ジョン・プリドーは指摘する。「トランプ政権は逆らう相手をつぶしにかかる」
ハーバードの学長も務めたローレンス・サマーズ元財務長官は、留学生の受け入れ停止は「ハーバードだけでなく世界におけるアメリカのイメージ」に「壊滅的な影響をもたらすだろう」と警告する。
トランプの自国第一主義外交がアメリカを好戦的な孤立主義に陥れようとしている今、世界におけるアメリカの大学の評判はなおさら重要だ。
国際社会に背を向け、大統領が国際機関を壊しにかかり、同盟国へのリスペクトをかなぐり捨てようとしているアメリカ。常軌を逸したハーバードいじめを見て、世界はさらに「堕(お)ちたアメリカ」に愛想を尽かすだろう。
Thomas Gift, Associate Professor and Director of the Centre on US Politics, UCL
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.